父は、南洋興発製糖会社の現場における責任者としてサトウキビ栽培を中心とした熱帯農業に情熱を傾けていた。汗と脂のにおう地下足袋は父の匂いだった。
その父が正装し自転車でガラパン(島内一の繁華街)に出かけることがあった。わたしはある種の期待をもって父の姿が門から消えるのを見送った。
父の帰りを待つわたし
父は日が落ちる前には必ず戻るのを常とした。サトウキビ畑とわずかな人家しかない第一農場には電気がなく、暮れると漆黒の闇となるからだった。
父がそろそろ帰る時分になると、わたしは縁側に出て門のあたりに目を凝らす。自転車が門前に現れるとうれしかった。庭の広場で父が片足を高く跳ね上げて跳ぶように降りる。その様子はまことに颯爽たるものだった。どうかすると、その瞬間の表情が<何かいいことがあるかのように>輝いて見えるのだった。「いいことの前触れだ」と確信した。
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