本誌編集発行人 岩田忠利

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no.42
一枚の写真に隠れた、その威力
タイトル/画像 本文
その時の一枚の写真


昭和33年8月25日、峯の大橋付近で溢水後の写真。左の男性が病院のベッドで最期までこの写真を眺めていた人


この大水も早淵川の
イタズラ


昭和41年6月29日、早淵川の洪水。森は綱島台。綱島・高田町・日吉本町の平地は一面が海と化す

上の写真を載せた第22号“栗”



特集「綱島あたり」。表紙絵は発行の昭和59年当時綱島のど真ん中にあった“綱島見番(芸者集が集まる所)。”
絵:井崎一夫

 
“暴れ川”で有名な早淵川

 早淵川の上流は青葉区あざみ野の先、中流が都筑区内のセンター南とセンター北の間を流れ、下流を港北区内の高田町と新吉田町を経て綱島西や綱島上町を両岸にして鶴見川に注ぐ。
 この早淵川は本流の鶴見川と並んで“暴れ川”で有名だった。夏から秋にかけて大雨が降ると川が氾濫し、一面海のようになったものだ。それが流域住民の悩みのタネだった。
 
 市長説得用に探し出した、たった一枚の写真

 そこで、流域の各町内会が団結して“早淵川改修”を横浜市長に陳情することになった。何度も何度も当時の飛鳥田一雄市長を訪ね、現状視察を要請し、ようやく市長が早淵川の河口から高田町の流域を視察に来ることになった。
 せっかく視察に来る市長を説得しよう! それには百聞は一見にしかず、“増水時の早淵川の写真”を探し出して市長に見せようということになった。各町内会で毎戸に呼びか、町会長を先頭に写真を躍起になって探した。しかし、増水時の危機存亡のときにその模様をのん気に写真を撮っている人なんているずがない。「市長を写真え説得する案」を諦めかけたとき、全町内会でたった一枚見つかった写真があった。それが、左の写真・・・・。
 
 “早淵川大改修工事”を市長が約束

 各町内代表はこの写真を市長に見せながら、真剣に水害の現状を説明した。その甲斐あって、市長はついに重い腰を上げて“早淵川大改修工事”を約束したのだ。このとき、この写真が無かったら、飛鳥田一雄市長の心を動かすことができなかったかもしれない。写真の威力とは、いかに大きいか、である。

 この写真に“二つの秘話”。
秘話1「水害を逃れて深川から引っ越してきた一家」

 
 上記の話は、内外編物(大手靴下メーカー)の工場近くの町内会長からうかがった。同時にこの写真を『とうよこ沿線』第25号の連載「アルバム拝借」に載せるためにお借りした。しかし、写真の場所は分かっていても、<いつの大水>か、撮影月日が不明だった。これでは、原稿にならない。
 私はこの写真を持って二日掛かりで何軒の家を訪ね歩いたことだろうか。意外にも、その一軒にこんな老夫婦がいた。
 写真に写る峯の大橋から1〜2軒先に住む富田金作さん(昭和59年10月現在、77歳)と妻三好さん(71)ご夫妻だった。この写真を見せるなり、主人はうなった。そして口をついて出てきた言葉。
 「写真のこの日は、私ども一家にとって忘れられない日ですよ。よく、この写真、ありましたね〜!」。
  富田夫妻はいつも水害で悩まされてきた海抜ゼロメートル地帯の東京・深川から水害を逃れ、綱島という新天地に、昭和33年8月25日、嵐の合間を縫って引っ越してきたのだった。
 家に着き、お茶を飲む間もなく、外がなにやら騒がしい。消防署員の声がする。
 「決壊するぞ〜! 逃げろ〜! 逃げろ〜!」の大騒ぎ。
 二人は大急ぎで7人の子どもを押入れの上段に押し込め、畳を上げて浸水に備えた。そして、覚悟した。 「全財産をはたいて、ここに引っ越してきたのだから、ここで死んでも仕方がない」
 ガンと動かなかった。仮の仏壇に灯明をあげ、夫妻はただひたすら無事を祈った。そんな生涯忘れられない、引っ越してきた当日の出来事だった。

 秘話2「最期までこの写真を見続けた父」

  『とうよこ沿線』第25号を発行してから1年ほど経った或る日、30代の主婦が編集室を訪ねてきた。
 「この本は、まだ編集室にあるでしょうか?」。彼女はボロボロになった第25号を私に見せた。そして続けて説明する。
 「じつは、この写真に写っている長靴姿で土手を歩いているのは、私の父なのです。友だちが『あんたのお父さんじゃないの?』と貸してくれたのがこの本です。父は入院中で、毎日毎日、この写真を見ては枕元に置いていました。そして、最近亡くなりました。こんなボロボロになった本は友だちに返せません。新しい25号の本を友だちに返したいと思います」。
 その主婦に25号「綱島特集」を渡すと、何度もお礼を言って編集室を後にした。
 その父親は病院のベッドで若い頃の自分の姿を写真で見ては思い出をひもといていたのだろう。
 一枚の写真が横浜市長を動かし河川改修をさせる動機づけになったり、昔のドキュメントを再現させたり、過ぎ去った日々を昨日のことのように思い出させたりする。昔の写真の威力を改めて知った。

 
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