本誌編集発行人 岩田忠利

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no.22
トキワ松学園の生徒と象のインディラ
タイトル/画像 本文
縁は異なものトキワ松学園の瀬川ヒサエさん



8号「わが母校 トキワ松学園」から。中断に瀬川さんがネール首相と握手しているシーンが写真で掲載
 
 先生方が当編集室に日参し編集「わが母校トキワ松学園」

 東横沿線には私学や公立、専門学校など伝統のある学校が多い。その学校の現状はアップデイトに、歴史は写真や年表で正確に社会の不特定多数の読者に伝えるため、第2号の慶應義塾大学を皮切りに「わが母校シリーズ」をスタートさせた。
 編集はできるだけ学校の自主性に任せ、当編集室では紙数6〜8ページを提供し、アドバイス程度にした。慶應大学では伝統ある各運動部やユニークな活動をしている文化部が文を書き、写真を入れ各担当誌面を埋めて仕上げたものだった。
 第8号は都立大学駅から東へ10分ほど歩いた「トキワ松学園」の巻だった。その編集に先生方が熱心で入れ替わり立ち代り、国語や美術の先生らが当編集室に日参して7ページの割り付けや校正に取り組んだ。刷り上った新刊は同学園がかなりの大量部数を買い取り、卒業者ら関係者に配布してくださった。

 象のインディラと一通の手紙

 この誌面に見出し「象のインディラと一通の手紙」があり、昭和24年(1949年)に同学園中学生たちがインドのネール首相宛てに手紙を送り、ネール首相からのお返しが日本の子どもたちへの嬉しいプレゼント「象のインディラ」だった。上野動物園へやってきた象の贈呈式にも同学園の生徒たちが参列した。その手紙を書いた生徒の一人、瀬川ヒサエさんは現在同学園の国語科教師で活躍中、という記事が載っている。

 その手紙の主が当パソコン教室の受講生

 私はいま平成16年(2004年)から「えんせんシニアネット・パソコン教室」を主宰しているが、ここに3年前、受講者の尾嶋万里子さんの紹介で当教室で最も遠方から通ってくることになった受講者がいた。相鉄線の二俣川駅までバスで出て、相鉄線に乗り、横浜駅で東横線に乗り換え、日吉駅までやってくる瀬川ヒサエさん。「自分史を作りたい」が彼女の受講目的だった。文字入力や画像取り込みなどを覚え、「どうにか自分でパソコンが使えるようになった」と言って教室を卒業していった。
 
 瀬川さんが卒業後しばらく経って、尾嶋万里子さんからトキワ松学園の瀬川ヒサエさんと同一人物であることを知った。中学生のときネール首相に手紙を書いた女の子が母校の先生になり、教師になって象の贈呈式に生徒を引率して参列しネール首相と握手した人、瀬川ヒサエさん。その記事を私が主宰する『とうよこ沿線』に掲載したまではよくある話だが、二十数年の月日が経ち、また私が主宰するパソコン教室の生徒となってとは・・・。人の巡り会わせとは不思議。“縁は異なもの”だ。

 
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