取材でお会いした中川町の土地っ子、吉野ハマさん(75歳)は物覚えが良く、歯切れのいい口調です。
話が子どもの頃のことに及ぶと、「今の人たちは信じないかも・・・。でも私はこの眼でしっかり見たんですよ」と彼女は狐火の話を始めました。
昭和8年頃の夜のことです。小学生の私は、奥の部屋で勉強をしていました。すると母が「ハマ、ちょっとこっちへ来てみな!」。
縁側に出ると母は渋沢谷戸(現荏田東)の方向を指差し、「あの明りは“狐の嫁入り”というのだよ」。
それは月のない荒涼とした夜でした。墨で塗ったような丘の中腹に明るい玉の数個が縦一列になったり横に並んだりして夜空に浮かんでいるのです。やがてその狐火はフワー、フワーと松林の方に飛んでいく。
その光景は非常に神秘的であり幻想的でした。でも、子どもの私は薄気味悪くなって部屋に引っ込んでしまいました。母はまた、こう説明するのです。
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「あれは“狐火”といってね、狐が仲間を呼ぶときに口から泡を出す。それが空に舞うんだよ」。
昔はこの辺にもたくさん狐が棲みついていたようです。狐に化かされた話はよく聞きましたよ。
近所のおじいさんが川和の親戚におよばれした帰り道、肩が急に重くなったので、「あ、狐の奴、ワシの背中のお土産を目当てに盗りに来たな」と思って、キセルに火をつけたら、肩が元通りになったというのだよね。狐って火が大嫌いなんだってねえ。
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