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駅のすぐそばの「妙蓮寺」は、日蓮宗池上本門寺の末寺で、近在の名刹である。 |
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明治41年、「妙仙寺」と「蓮光寺」の二つの寺の合併寺である。 |
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大正15年、東京横浜電鉄(東横線)の開通にあたり、寺は境内を無償で提供し、「妙蓮寺駅」が誕生した。つまり、駅は妙蓮寺の境内にある。 |
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当主山本玄征住職は、およそ3千坪の境内を整備改造して、「明日の寺を考える」新しい構想で、住民憩いの場として広く開放している。 |
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街には、BAR、スナックが少なく、パチンコ店は一軒もない。風月堂、不二家などの有名菓子店が目立ち、本屋が多い。 |
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菊名池公園には、菊名池、プール、弁財天などがあり、プールサイドの「柳ノ木プロムナード」は住民の散策路。 |
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大学数授、ジャーナリスト、商社マン、公認会計士などが多く住む。 |
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小高い丘、富士塚からは、晴れた日には富士山が、真下には「新横浜駅」が見える。 |
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駅の東方、徒歩10分のところに、明治22年開校の「横浜市立盲学校」がある。駅前から延々と続く黄色い点字ブロック誘道路が印象的。 |
風月堂の若旦那、山岡英昭さんからこんな話を聞きました。
「ボクはこの土地を『村みたいな街』といっているんです。自治意識が強く、環境を非常に大切にしています。うるさ型が多いといえばそれまでですが、文化的要求が根強い街と言えるでしょうね。けっして寄り合い世帯の、いい加減な甘い街じゃないですよ……」
日蓮宗門前町といえば、葛飾区の柴又帝釈天の草タンゴ、塩センベイ、はじき焼き、フーテンの寅さん、などの下町らしき風景は見当たりませんが、ただ、山門前の通りをまっすぐ突き当たったところに、看板も出ていない、ハダカ電球ひとつ下った「駄菓子屋」をみつけました。
「主人が戦病死してから30年間、ここでやっています。店の名は書いてないけど、『五円屋』とか『ババ屋』とか子どもたちが呼んでくれます。今は、開店当時からの2代目、3代目がお客です。うちの商品は、メクリやメンコ、ガム10円といったものばかり。高級チョコも置いてはあるが、売れやしません。うちの商品の売れるのは、マンガのおかげです」
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久保田 鈴さん(68)は、意外なことを言い出しました。
「アトムとか宇宙艦とか、はやりマンガがついていなくちゃ、子どもは買いません。だから私はマンガをよく見ていますよ。
見ているといえば、私は『とうよこ沿線』の愛読者なんです。以前、ホラ、横浜の捜真女学校の記事出ていましたでしょう。私のなつかしい母校なんです……」。
恐れ入りました、インテリ「ババ屋」さん。そ、そ、三雲孝江さんも捜真。実は今回の表紙の女性
は、妙蓮寺に住む彼女を描いたんだけど……。
沿線の鎌倉″とも呼んでいい、妙蓮寺の街でした。
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