編集:岩田忠利/編集支援:阿部匡宏/ロゴ:配野美矢子
NO.416 2014.12.14  掲載

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 1億みな分裂症か…



  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:昭和55年9月30日発行本誌No.2 号名「夏」

 
  文・写真:岩田忠利

    この道ひと筋
   編集長インタビュー
   精神科医・上妻善生博士に聞く


 とかく、善意が素直に通じない社会――。

 これはきっと、日本の社会のどこかが狂っているからに違いない。政治も、経済も、宗教も、そして教育も……、これが果たして“異常”でない社会といえるのだろうか。

 この症状をいつの日か精神科のお医者サンにでも診断してもらいたい。私はそんな期待をもって、精神科医との出会いを待っていた。

 たまたま最近、そのチャンス到来……。この沿線、渋谷・松濤町に家族を残し、東京都下の町田市の山中にこもり、狂った(?)社会に適応できない人たちのために「年中無休、
24時間勤務」で病院で励む人、それはお名前どおり.“善意に生きる”上妻善生さんだった。

 お互いに多忙、1時間ほどの対談だったが、私にはたいへん勉強になった。精神病患者と真心で対座、患者優先、福祉優先を貫く今どき珍しい院長さんである。

 ここでは上妻院長が言った、「子供にはムズかしい理屈は必要ない。子は親の背中を見て生きているのです。問題は、親がどういう生き方をしているかでしょうね」という言葉だけをまず紹介しておこう。


岩田 先生のお仕事は大変なご苦労がおありと思いますけど、いま何が一番?

上妻 そうですね、偏見との闘い≠ナすね。患者ももちろんですが、その家族にとって病気の悲惨さもさることながら、偏見との闘いがあるわけなんですよ。

岩田 やっぱりそうでしたか。

上妻 松沢病院なんかへ行くと、50年くらい入院している患者さんも…。現在の病院長が生まれる前から入院してたなんてねえ。こういう患者はもう、帰れる所がないわけですよ。家族が見放しちゃってるし、それまでずーっとひた隠しに隠しておりましたから、今となってはという感じで……。

岩田 じゃ、その人は生涯を精神病院で送ることに?

上妻 両親はすでに死んでいる。兄弟は生きているが、患者の存在を隠している。姪や甥に至っては、そういうオジさんオバさんがいることすら知らされていないわけですから……。

岩田 一人の日本人が現実に生きていながら、その存在を非情にも抹殺しなければならない事実、これほど悲惨なものはないですね。なぜ、そこまで隠きなければならないか。そんな日本の社会的背景とは?

上妻 日本は終戦まで精神病院の監督管理は警視庁でした。これは治安という見方からで、福祉≠ニいう観点から見ていなかったからです。
 当時はひどかった。天皇の行幸の際には、患者さんを留置所に入れ、思想犯と同じ扱いにしていたんです。フランスでは、フランス革命の2年後にピレネーという医師が鎖から解き放ったという歴史があるのに…。

岩田 やはり日本はその点でも後進国の象徴ですか。それがいつから解放?

上妻 戦後、.アメリカが占領、精神科の地位を引き上げてくれたのです。しかしまだ、先進国の欧米と日本では、精神病に対する考え方が大いに違いいますね。その証拠に精神病院は、まったくの山ん中でなければ建てられない。町の便利のいいところは、土地が高いという理由よりも地元民が反対しちゃうから建てられないんですよ。

岩田 東京はどんな所にあるのですか。

上妻 東京の場合、精神病院はほとんど三多摩地区。なかでも山の多い八王子市に片寄っています。あそこは人口あたりのベッド数では、“世界一”なんですよ。イギリスでは、一等地の貴族の屋敷跡など、住宅地に建ってますが……。これが文化の差だと思いますね。



鶴見川源流近くの大自然の中に建つ上妻病院病棟の一つ



              素人にわからぬ怖さ


岩田 いま日本では、どんな症状の患者さんが多いんですか。

上妻 精神病の入院患者の7〜8割が分裂病♀ウ者ですね。

岩田 なるほど、日本では分裂病がそんなに多いんですか。アメリカとくらべその比率は?

上妻 アメリカでは分裂病患者は、ほとんど入院していない。多いのは中毒患者と老人の脳軟化、いわゆる恍惚の人です。
 分裂病は治せるから、入院していない。また治った人をアメリカ社会では周囲が受け入れているんですね。この病気には、25年前に良い薬ができ、治療ができるようになったのです。それまでは分裂病で入院したら出てこられないというのが大半でしたが……。

岩田 では私が明日、分裂病になってもいつか社会復帰できる可能性が…。でも、この病気は恐ろしいんでしょうねえ。

上妻 分裂病の怖さは知能が劣えないことですね。なかには大変な秀才も…。こんな事件を思い出しませんか。部下が課長をバットで殴り殺した事件。あれも分裂症患者だった人ですね。あの人は一橋出身の秀才で、中学生のときにすでに発病しているんですね。それが一橋大にストレートで入学、卒業後あの一流会社に就職している。それから数年、殺意を持ちながら働いていたというんだから……。

岩田 素人の目には、なかなか分裂症の見分けはつきませんよねえ。

上妻 そめように分裂症の怖さは、外見では見分けができないことと、いつ何をやらかすかわからない怖さにあるんですね。
 ほら、この間起きた新宿駅前の事件、バスにガソリンをぶっかけた男、丸山博文も分裂病だった。昭和
47年に熊本県で入院経験があったんだそうですね。



       分裂症3種類のパターン


岩田 この病気の患者はみな同じ症状でしょうか。

上妻 大体、3種類のパターン。
 まず、よく知られているのが「緊張型」。髪をふり乱し、ものを壊し、人に危害を与えるもの。症状が非常に派手です。
 つぎに「破瓜(はか)型」。この病気は思春期に発病するからこう名付けられている。これは緊張型とは違い、静かに潜行。この症状の特徴はすべてのことに興味を示さなくなる。だからなーんにもしない。ただ部屋の中に閉じこもり、極端に無精になる。
 最後に「妄想型」。これは、あまり人格は崩れずに妄想を必要とする。教祖なんていわれる人は、歴史の上でもかなり多いわけです。ドイツには、歴史上の人物を精神医学的に研究した人がいます。この人の発表によれば、歴史上の天才といわれる人、キリスト・ソクラテス・マホメットなど30人ほどを調べると、正常人は2人くらいしかいないという。あとはみな、精神病で。

岩田 先生のお話を伺っておりますうちに、私なんぞは今までにこの3つのタイプを交互に繰り返し発病してきた人生のような気がして……。どうです先生、いまの私を診断してみた限りでは?

上妻 岩田さん、歳はいくつですか。

岩田 41ですが‥・。

上妻 年齢からいって正常人です(笑い)。みずからそうおっしゃる人に精神病患者はいないものです(笑い)。

岩田 あ〜、これで安心しました。社会の偏見と闘わずに済んだ。ところで、あのイエスの方舟の教祖さん、あの人を先生はどう診断されますか。

上妻 私はまだあの人と直接会っていませんので何とも……。少し前、アメリカで新興宗教の教祖が出現しましたね。南アメリカで大量の信者が教祖と一緒に自殺した事件。あの人は、たしかに「妄想型」分裂症でしょう。
 人を説得するというのは、自分が信じていなければ人を説得することはできません。常識を逸脱している人というのは、みずからそう信じているんですね。ヤスパースが(正常人は軽いバカだ)って言ってますよ。

岩田 こりや、うまい比喩ですね。正常人という基準は果たしてどこに置いたらいいんでしょうか。

上妻 世の中になんとか適応、平々凡凡、可もなく不可もなく生きてきた人間、これを私たちは正常人といっている。この基準からいうと、天才も異常人だし、妄想型人間も異常人ということになる。
 世の中をひっくり返すようなことを考え、そして行動する人間、つまりコペルニクス的発想の持ち主はそういう意味では、みな精神異常者ですよ。



       治りにくい破瓜型(はかがた)タイプ       



岩田 分裂症で一番治りにくいタイプはどんなものですか。

上妻 それは破瓜型ですよ。緊張型のように興奮して暴れるというのは一種のエネルギーなんです。その場合は薬で抑制すればいいから、治りやすい。
 破瓜型というのは何にも興味を示さない。感動しない。無精になって行動しない。そして最後に生ける屍(しかばね)みたいに…。人間に本来あるべきものが欠けていく病気ですから困る。
 昔はこのタイプにスゴい患者さんがいたもんですよ。男でも女でも一糸まとわず素っ裸で平気でいる。そしてモノも言わず、ただ動物のようにメシだけは食べる。

岩田 この話のように昔の患者と今の患者では時代的に変化していると言えるるのですね。

上妻 症状の表われ方にはっきり違いが出ていますね。
 たとえば昔の本と今の本では内容が違う。昔の本には壮大な妄想が感じられたわけですよ。それが最近の本は妄想でさえ、ちまちま…。実際、昔は貴族とか高位の人とか、ダイヤモンドの鉱山を
1020も持っている大富豪などがいたもんです。
 それが今じゃ、自家用車を信用買いできる程度の人が多くなって、世の中がだんだん平均化、マイホーム主義化してきた。男一匹が壮大なロマンに生きる時代から大の男が一軒の家を建てることを生涯の目標とする時代へ。こういう今の時代は、患者の症状にもはっきり表われますよ。
 戦前の教育を受けた患者さんには、「オレは天皇だ」というのがよくいた。また終戦直後には「オレはマッカーサーだ」と口走る患者がふえた。かれらはあの頃の権力の移行をよく知っているのですねえ。それが、マッカーサーがアメリカに帰っちゃったら、そういう患者はいなくなるんですね。今度は皇太子のご成婚の頃、「皇太子の嫁さんになるから退院させろ」なんていう女性の患者さんが随分ふえましたよ。

岩田 とっても興味深いお話ですね。いまの日本の社会はどことなく分裂症状気味。この時代にあっては、分裂病者を生み出す最適な環境ではありませんか。

上妻 この問題には大変な議論があるんですよ。ドイツ流の遺伝説とアメリカ流の環境説と…。アメリカの考え方によれば、幼児期に精神的な傷を受けた場合に分裂症になるという考え方。それも3歳以前に母親から心の傷を受けたとき、これを精神的外傷といっている。この考え方からすれば、現在の日本の教育ママ的存在はかなり問題になりますね。


      遺伝説と環境説…


岩田 3歳までの幼児教育って、非常に重要なんですね。自我の自覚のないときだけに怖い。もともと分裂病って一体、人間のどこがやられちゃうんですかねえ?
上妻 人間の精神的機能を観念的に分けますと、「知能」「感情」「意志」の知・情・意の3つの世界。分裂病は知″がやられないで、感情と意志がやられてしまうんですね。だから感情がやられると、モノに感動しないし、人への思いやりがなくなる。意志がやられると行動力がなくなる。何年でも風呂に入らないとか。それでいて記憶だけはちゃんとしているんですよ。


       スポーツ嫌いが特徴


岩田 ところで先生、そのような分裂病にかかる人というのは、病気になる前の共通した性格や行動の一定のパターンみたいなものがありませんか?


上妻 ま、ひと口にいえば性格は、「内気」「小心」。行動の特徴は「友だち付き合いが下手」で「集団スポーツが嫌い」というタイプですね。

岩田 なるほどねえ。逆をいえば学生時代に集団スポーツをやっていれば精神病にならないということですか。

上妻 私は今までに1万人以上の患者さんを診断しましたけど、集団スポーツをやったという者はラグビーの選手だったという人間たった一人でしたねえ。分裂病患者の学生時代の行動は、共通してクラブ活動なんかに入らない。まずスポーツをやったことがありませんね。ましてや、協調とか和を必要とする集団スポーツなんかは絶対にやっていないと言っていいほどです。

岩田 その点、いまの日本の知育偏重教育は将来に大変な問題を含んでいますね。私はいま、先生のお話をうかがって改めて、体育と情操教育が子どもの健全な育成に不可欠であることを知りました。このまま、日本でいまの教育が進めば、将来は恐ろしいことですね。

上妻 やはり、そう思いますか。いまのいい子″っていうのは、学校の勉強さえできればいい子、親の言うことさえ聞いてればいい子。母親が「勉強しろ、勉強しろ」って強制するのはおかしいですよ。子どもは暗くなるまで遊んでくるのが自然です。一般に、いい子っていうのは親にとって都合のいい子≠ニいう意味なんですね。
 われわれの目からみると、このような優等生の子どもほど怖い。親の言うとおりの子は、小学校のうちはある程度成績が良い。あやつり人形″ですから、ある程度は伸びます。しかし将来社会人として健全な成長が……。こういう子どもたちに限って、いま問題にされていないところに怖さがありますね。というのは、分裂病は思春期になるまで出てこない。すぐに結果か出てくれば、原因がわかるのですけど……。

岩田 日教組が現代ッ子を称した“五無主義”。その中の無関心、無感動は小さい頃からの情操教育と関係ありませんか。

上妻 関係は大いにあります。人間の知的能力の世界は六十の手習い″というほど、何歳からでも可能です。しかし、思いやりとか、ものに感動するとか、情操的世界は本当に小さい頃からでなければ出来あがらない。これは人間にとって社会生活をするうえで最も基本的なものです。


         “親の背中”を見て生きる 


岩田 現在、そういう知・情・意のバランスが狂っているために、大人の世界でも、子どもの世界でもいろんな問題が起きています。とくに子どもの世界では、青少年の非行化が問題になってますけど、先生はその根源をどうお考えに?

上妻 子どもにはムズかしい理屈を説明する必要はないんですよ。子は親の背中≠見て生きているんですからねえ。親がどういう生き方をしているか、子どもの成長はそれにかかっています。
 とくに母親の生き方が重要だと思います。女性が結婚して子どもを産む。その時から、女性が母親として、人間として、しっかりした哲学″を持っていれば子どもの非行なんて考えられませんよ。


     上妻病院訪問


上妻病院院長・上妻善生さん
51歳 熊本県出身


  休みなし24時間勤務

 町田市郊外。樹木をぬってジグザグの坂道を登りつめると峠。箱根のような景観と冷気。先へ進めば多摩テックがもうすぐだが、脇道をちょっと入る。そこに「上妻病院」の白亜の病棟が木の間隠れに見える。

 院長は東棟沿線の渋谷・松溝町の自宅に帰らず、この山中にこもりっきり。開院以来10年、24時間勤務″年中無休≠ナがんばる。
 「医者はいつも夜中に起きないようでは医者ではない。患者にとって医者は人間ではなく、神様みたいでなければならない。だから、先生≠ニ呼ぶのじゃないですか」
 ハンサムで人情味ある院長、その人が口はばったい言い方だが、と前置きしたこの言葉に、上妻院長のこの道一筋に賭けるすべてが含まれているようだ。
 精神病院といえば、とかく暗いイメージがするものだが、この病院はホテルのように明るい。2000坪の敷地に医師団6人、職員と従事者60人あまり。このスタッフで入院患者200人余を世話する。
 どの顔も私を笑顔で迎え、折目正しく、気持ちがいい。


     食事の世話は80歳の母

 精神を癒す精神病院ほど医師と患者との心のふれあいが大切なところはない。月1回バスを仕立てた患者全員参加のハイキングや旅行、野外の食事。女性の患者に造花、書道、刺しゅう……の教室。男性中心に草花の手入れや畑仕事の作業班。

 この病院のモットーは「治療は自然にそった食事と薬で」。どこの病院でも薬は同じ、違うのは食事だけ。ここの病院はいっさい化学調味料を使わず、すべて手づくり。しかも食器は毎食替え、40回分の器が用意されている。
 これを陣頭指揮されるのは、今年満80歳の五野ユキさん(副院長である院長夫人の母上)。

 こうした男の道を蔭で支えるのは、大学の同級生で変愛結婚だった由紀子副院長であることはいうまでもない。お揃いになることは滅多にないそうだが、ご家庭には中学2年と4歳の女の子。

  読者で上妻院長または由紀子副院長に直接ご相談したい方は、

町田市上小山田町2140 電話04279789578

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