編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子

  NO.299 2014.10.15  掲載       


  筆者:アルメル・マンジュノ


  フランス人(女性)・港北区日吉在住
  アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師

 

  日・仏 労働考。美徳か働きバチか?
         

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”

  
  掲載記事:昭和62年3月10日発行本誌No.37 号名「柚」
  


 
 ヘアスタイルを変えようと思い立ち、ならば美容院へと、最近渋谷にできた所へ行ってみました。そうしたら、なんとまあ、その店のサービスの行き届いていること!

 まず始めに、私の好みをはっきりさせるためのアンケート。どんな雰囲気がお望みかにはじまって、担当者は男性がいいか、女性がいいか、どんなアドバイスをして欲しいか、なんて項目まである念の入れよう。そして、シャンプーの間は湯加減に何度も気をつかい、カットとパーマのあとは本式のマッサージ。おまけにコーヒーまで出ました。で、料金は他とたいして変わらないんです。




     労働者? いいえ芸術家です


  店を後にしながら、こんなサービスに慣れっこになっている日本人が、フランスで美容院に入ったら一体どんな感想を持つか、と考えてしまいました。私はフランスの美容師というと、疲れて、せわしなく、愛想のいい言葉ひとつかけない人しか、思い出せません。

 私の目をみはらせたこのサービスは、雨後の竹の子のように開店する美容院どうしの激しい競争のたまものだ、ということもあるでしょう。私にもそれはわかります。また、私が外人だから特別、サービスがよかったのかもしれません(日本人の外人に対する親切さはNO.295参照)。

 でも、私はここで強調したいのは、仕事を立派にやりとげようとする意欲なのです。これは日本人が最も尊ぶ美徳でしょう。私をやってくれた美容師の女の子は、そんなに高給はとってないはずです。なのに一生懸命でした。確かな腕前で器用にハサミを操り、無駄な動作一つない仕事ぶりは、見ているだけで楽しくなるほどです。仕事ではなく芸術として取り組んでいるにちがいありません。まるで、自分の作品に納得がいくまで手を止めない完璧主義者のようにみえました。



     世界一になるために働きます


  料理屋のカウンター越しに板前さんが働いているのを見ても、同じ感想を持ちます。まな板の上で包丁を操る彼もまた芸術家なのです。そのほか、洗濯屋さんだってそうです。日本の労働は世界一でしょう。また、駅のホームを掃く若い駅員さんに感心することもあります。人々がむぞうさにタバコの吸い殻を捨てていくなかで、黙々と仕事をしているではありませんか。

 そりやぁ、怠け者の日本人だって見かけます。でも全体としてみれば、西欧人はみんなまわりの日本人を見て私のようにびっくりするはずです。

 日本人は、ほんのつまらない仕事でさえ、迅速に効率よく立派にやりとげることを誇りとしているのです。
 それだから、たいていの会社で、新入社員は大卒だろうがなかろうが、ともかく一番下の仕事からはじめるんですね。素晴らしいことだと思います。






 



 
好まない仕事は移民にやらせるフランス


 
もうご存知でしょうが、日本と正反対の道を選択したフランスでは、社会的に必要だがみんながやりたがらない仕事を60年代に大量に呼びよせた移民労働者にやらせているのです。
 日本のホテルの客室係は日本人ですが、フランスではポルトガル人かスペイン人です。ゴミ収集人はアルジェリアかモロッコかトルコの人。ルノーの自動車工場では1万7千人の工員のうちなんと7千人が移民労働者です。彼らはたいてい大人数の家族を連れて来ていて、それがフランス社会にとけこめず、さまざまな問題となって現れています。また、私の故郷のグルノーブル一帯では、ヨーロッパ初の原子力発電所建設のため多くの移民労働者を集めましたが、完成と同時にほとんどの者が失業者となって街に溢れるといった事態も起きています。
 要するに、フランスは他のヨーロッパ諸国同様、
20年前に昔のアメリカ南部みたいな真似をしたことのツケを払わされているのです。

 さて、日本に話を戻しましょう。こちらではいかなる労働も美徳ですし、これからもそう考えられ続けるでしょう。
 でも、若者たちはキャリアをいちばん下の仕事からはじめるしきたりにこれからも、おとなしく従って行くのでしょうか。「新人類」――といった言葉を耳にするたびに、私は疑問に思ってしまいます。一方、仕事は若者にとってもはや生き甲斐とはなりえないでしょう。彼らは自分の時間を有効に活用し、レジャーを楽しみ、家庭を大切にしようとしています。まあ、その点では、退職と同時に抜け殻のような無気力人間になってしまう心配は少ないようですが……。

 私が日本人の仕事を立派にやりとげようとする意欲を買うといっても、朝から夜中まで仕事べったりの猛烈ぶりには、空恐ろしいものを感じます。国家経済のためにはいいのかもしれませんが、家庭のためにはどうでしょうか。テレビCMのせいで流行った「亭主元気で留守がいい」には、違和感を覚えます。男と女の役割がはっきり分かれていた19世紀ならともかく、この今の時代に……。




    フランス人でも、やる時はやります


 
「あなたを上機嫌にさせるのはどんなこと?」というアンケートを、最近フランスのある大新聞がやりました。
 
36歳の男性がこう答えています。「退社時に女房がめかしこんで――ちょっとセクシーな格好でもいい! ――会社まで迎えに来て、二人で遊びに行くこと」これがフランス人の感覚です。 仕事は仕事。だから、6時までは、やるべきことをダラダラせずにやります。そしてその後は、個人の生活は個人の生活と割り切るのです。
 そうは言っても、フランス人だって必要とあらば残業もします。それから、フランスでは
25%強の会社がア・ラ・カルト式勤務時間を採用しています。トータルして最低週39時間労働になるよう、各自が自分で働く時間を決めるのです。
 日本でもこのシステムが採り入れられれば、得るところは大いにあるのではないでしょうか。ラッシュの緩和になるし、なによりも働く女性が助かるります。でも、日本人はみんなと同じようにしないと落ち着かない、なんて声がどこかからか聴こえてきそうですね。

 私を担当した美容師の女の子はあと数年もすれば結婚し、最初の子供が生まれたところで仕事をやめてしまうのでしょうか。だとしたら、なんという才能の損失でしょう! もったいないと思います。彼女が望むなら、世間と接触を保つ意味でも、働き続けるほうがいいですね。
 でも、日本社会はまだ完全にそれを許してはいないようです。最近実施にうつされた雇用機会均等法の成果を期待します。でも、男性の意識のほうが変わってくれない限りは……。


                     イラスト:長野正義(大学生・日吉)

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