今は『名』のみか・・・
◆鴬谷町(うぐいすだにまち) (東京都渋谷区)
「鶯谷」というと、山手線の駅を思い出すが、渋谷にも「鶯谷」がある。その昔、渋谷川の支流がこの地を流れていた頃、架かっていた橋の名が「鶯橋」であったことからつけられた地名であるという。その頃、隣町の桜丘との境の道は、両側に楓や桜を植えた並木通りで、鶯も訪れ、「鶯谷」という地名もふさわしいものであった、と記されている。
また、この川をはじめ、かつて渋谷を流れていた細流には、多くの水車があり、精米製粉に利用されていたという。今となっては、水車はおろか水さえも見られぬ地になってしまった。
『犬がいた谷』・・・?
◆世田谷 (東京都世田谷区)
区名にもなっている「世田谷」という地名は、「瀬田の谷地」という意味を表わしている。
それでは、「瀬田」という地名は、何に由来するものであろうか。アイヌ語の「セタル(エゾコリンゴ)」説、南洋系の話の「セト(末端)」説、狭い田を意味する「迫田」説、傾斜地説、浅瀬田説などがあるが、その中にアイヌ語の「セタ(犬)」説がある。
瀬田の隣に「野毛」がある。この「野毛」は、アイヌ語の「ノッケウ」に由来する地名であるというのが有力な説である(第8号「思いつ〈まま」野上さんの文章をお読み下さい)。
「野毛」がアイヌ語に由来する地名だとすれば、「瀬田」もアイヌ語に由来する地名である可能性は十分ある。「セタ」がアイヌ語であるとすれば、「エゾコリンゴ」より「犬」の意の方が一般的であり、「世田谷」の本来の意味が「犬のいる谷」であった可能性が出てくるだろう。
なお、「世田谷」という地名の起源について、『世田谷城名残常盤記』では、伊勢大神宮の領地を意味する「伊勢田」説を強硬に主張し、他説を「いずれもいいかげんなもの」と決めつけている。しかし、「伊勢田」説についても断定できる理由は何もない。地名の起源というのは、あくまで推察であり、断定はできない、と私は考える。
蟹はいたのであろうが・・・
◆蟹ヶ谷(かにがや) (川崎市高津区)
「蟹ヶ谷」という地名について、『川崎地名考』では、清水蟹の姿がたくさん見られた地であろう、とその由来を記している。確かに、かつてはこのあたりでもサワガニなどは見られたに違いない。しかし、地名に残るほど多くのカニがいたのであろうか。
「カニ」という言葉には、「曲尺(かねじゃく)」の「カネ」と同じく「曲がる」という意味もあるようだ。とすれば、「カニガヤ」は「曲がった谷」という意味かもしれない。実際、この地には、北を流れる有馬川に向かう形で谷がある。有馬川方向から見れば、この谷が「曲がった谷」になることも考えられる。
しかし、この地はその昔 「神庭村」と呼ばれていたらしい。とすれば、「カニ」は、もともと「カニワ」で、「神社のある所」あるいは「神社の所領」という意味かもしれない。
いずれにしても、今では蟹の姿など見ることもなくなった地である。
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