ロゴ:配野美矢子/編集支援:阿部匡宏
 編集:岩田忠利    NO.96 2014.7.08 掲載 

画像はクリックし拡大してご覧ください。

歴史 地名H 生きている沿線の歴史  
   動物たちと「谷」
 
 沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』好評連載“復刻版”

  
掲載記事:「地名 その10 昭和58年11月1日発行本誌No.19 号名「柿」
  執筆:桑原芳哉
(大倉山・学生) 絵:石橋富士子(横浜・イラストレーター) 地図:伊奈利夫(桜木町


 

 10号から始まったこの連載も、ついに第10回。毎号、テーマに苦しみながらも、なんとか続けてきました。これもひとえに、読者の皆様のおかげです。

 さて、今回は、第10回を記念することは特に考えず、動物の名前プラス「谷」のつく地名を中心にとりあげてみました。
  地名になっている動物が、その土地で見られるものも、あるかも…。


  今は『名』のみか・・・

  鴬谷町(うぐいすだにまち)  (東京都渋谷区)

  「鶯谷」というと、山手線の駅を思い出すが、渋谷にも「鶯谷」がある。その昔、渋谷川の支流がこの地を流れていた頃、架かっていた橋の名が「鶯橋」であったことからつけられた地名であるという。その頃、隣町の桜丘との境の道は、両側に楓や桜を植えた並木通りで、鶯も訪れ、「鶯谷」という地名もふさわしいものであった、と記されている。
 また、この川をはじめ、かつて渋谷を流れていた細流には、多くの水車があり、精米製粉に利用されていたという。今となっては、水車はおろか水さえも見られぬ地になってしまった。

  『犬がいた谷』・・・?

  世田谷   (東京都世田谷区)

 
区名にもなっている「世田谷」という地名は、「瀬田の谷地」という意味を表わしている。

 それでは、「瀬田」という地名は、何に由来するものであろうか。アイヌ語の「セタル(エゾコリンゴ)」説、南洋系の話の「セト(末端)」説、狭い田を意味する「迫田」説、傾斜地説、浅瀬田説などがあるが、その中にアイヌ語の「セタ(犬)」説がある。
  瀬田の隣に「野毛」がある。この「野毛」は、アイヌ語の「ノッケウ」に由来する地名であるというのが有力な説である(第8号「思いつ〈まま」野上さんの文章をお読み下さい)。

 「野毛」がアイヌ語に由来する地名だとすれば、「瀬田」もアイヌ語に由来する地名である可能性は十分ある。「セタ」がアイヌ語であるとすれば、「エゾコリンゴ」より「犬」の意の方が一般的であり、「世田谷」の本来の意味が「犬のいる谷」であった可能性が出てくるだろう。

 なお、「世田谷」という地名の起源について、『世田谷城名残常盤記』では、伊勢大神宮の領地を意味する「伊勢田」説を強硬に主張し、他説を「いずれもいいかげんなもの」と決めつけている。しかし、「伊勢田」説についても断定できる理由は何もない。地名の起源というのは、あくまで推察であり、断定はできない、と私は考える。

  蟹はいたのであろうが・・・

  蟹ヶ谷(かにがや)   (川崎市高津区)

 「蟹ヶ谷」という地名について、『川崎地名考』では、清水蟹の姿がたくさん見られた地であろう、とその由来を記している。確かに、かつてはこのあたりでもサワガニなどは見られたに違いない。しかし、地名に残るほど多くのカニがいたのであろうか。

 「カニ」という言葉には、「曲尺(かねじゃく)」の「カネ」と同じく「曲がる」という意味もあるようだ。とすれば、「カニガヤ」は「曲がった谷」という意味かもしれない。実際、この地には、北を流れる有馬川に向かう形で谷がある。有馬川方向から見れば、この谷が「曲がった谷」になることも考えられる。

 しかし、この地はその昔 「神庭村」と呼ばれていたらしい。とすれば、「カニ」は、もともと「カニワ」で、「神社のある所」あるいは「神社の所領」という意味かもしれない。

 いずれにしても、今では蟹の姿など見ることもなくなった地である。
 

  ライオンはおろか・・・

  獅子ヶ谷町(ししがやちょう)   
                  
(横浜市鶴見区)

 「獅子ケ谷」という地名の由来については、師岡熊野神社の所領で獅子舞を受け持ったための村名、という言い伝えと、昔は「鹿ヶ谷」と書き、鹿のいる谷を意味したとの説がある。しかし、いずれも、やや信じがたい。

 「シシ」は「縮」の意で、「シシガヤ」とは「せばまった谷」を表わす、というのがやはり妥当な説であろう。地形的にもあてはまる。

 「シシ」は、あるいは「シズ(清水)」が変化したものではないか、とも考えられる。これもまた、十分納得できる説である。

 ともあれ、ライオンや鹿などはもちろん見られない「獅子ヶ谷」の地である。



      獅子ヶ谷町の二ツ池

後方の丘は土砂を削りとられて低くなり、池の周りの樹木が生長、景観は変わっています。
  2013.11.8 撮影:岩田忠利

 このほか、同じような地名としては「牛久保」(現横浜市都筑区)「鳥越」(横浜市神奈川区) がある。
 前者は、「谷戸の縁辺部の窪んだ地」あるいは「臼のような窪地」を意味し、後者は「尾根の中で決まって鳥の群の通過する低まった所」を意味すると考えられる。

                              ◆◇◆

 動物の名がついていても、その地にその動物がいることは数少ない。そんな中、世田谷が「犬のいる谷」ならおもしろい。世田谷区は都内で最も犬の多い区なのである。昭和56年度の鑑札交付数が1万2483枚。しかも、都内では昭和30年、最後まで狂犬病の発生していた所でもある。

 この世田谷の犬たち、元はアイヌが連れてきたものかもしれない……。


   <
主な参考文献>


 「角川日本地名大辞典 13東京都」
 「川崎地名考」「横浜の町名」
 「渋谷区史」「郷土渋谷の百年百話」
 「世田谷城名残常盤記」「勢多郡誌」
 「アイヌ語より観たる日本地名研究」
 「横浜市史稿」「東京狂犬病流行誌」
 「第34号東京都衛生年報昭和57年版」 「地名語源辞典」「アイヌ語小辞典」

「とうよこ沿線」TOPに戻る 次ページへ
「目次」に戻る 地名Jへ