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言葉を交わす相手がいることの有難さを、彼女は都会で初めて知ったという |
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都会生活を始めたばかりの若い女性
「365日、24時間、開放の“東横の家”」との朝日新聞横浜版の記事を読んだ若い女性が朝、編集室を訪ねてきた。
「私みたいな者がお邪魔してよろしいのでしょうか?」とその女性はいかにも申し訳なさそうに小声で話した。私がお茶を入れて「どうぞ!」と差し出すと、彼女は急に大粒の涙を流した。
主人の帰宅まで言葉を交わす機会も相手もいない毎日
結婚を機に伊豆大島から二人で出てきたばかりの初めての都会暮らし。田舎では一歩家を出ると、行き交う人はほとんど顔見知りで、必ず笑顔で言葉を交わす生活だった。それが、横浜の綱島に移り住み、生活は一変した。朝、主人を仕事に送り出すときの「行ってらっしゃい!」の言葉の後は、誰とも一言も話す機会がないという。スーパーなどで買い物をしても言葉を交わすことも相手もいない。主人が帰宅したときの「お帰りなさい!」まで、その間一言も話すことがない毎日だったという。
これでようやく、彼女の“涙”の意味が理解できた。見ず知らずの他人と面と向かって話ができ、お茶までいただいたことが、彼女にとっては予想もしていなかった出来事で非常に感激したのだという。
だれでも、いつでも、立ち寄って話ができる施設
当時、前川清の「東京サバク」が流行っていたが、大都会の住民は彼女ほどではないにしても大なり小なり、孤独感や寂寥感にさいなまれる都会人がかなり多いのではないだろうか。「だれでも、いつでも、立ち寄って話ができる空間」、“東横の家”みたいな民間施設が必要な世の中だと思う。
最近の日本は自殺者数が「過去最高を記録した」と騒いでいるが、時間限定のお役所の堅苦しい施設ではなく、民間の、だれでも気楽に立ち寄ってお喋りできる場所があれば、かなり自殺防止につながるではないだろうか。
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