昭和初期、神奈川点描
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昭和元年ころ、東神奈川駅地下道開通式
先頭から二人目は熊野神社宮司・照本 亶さん、つぎに横浜市長・有吉忠一さん。
提供:照本 力さん(熊野神社宮司)
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写真左と同じ場所、東神奈川駅地下道、現在
左車線が海側の東口へ、右車線は西口の東白楽駅方面へ。
2013.6.18 撮影:岩田忠利
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昭和6年、東神奈川駅西口にあった山崎タクシー
当時のタクシーは、もちろんすべて外車。各車の前に立つ人が運転手と助手。料金は「距離1マイル半まで50銭」、いわゆる円タクではなく“銭タク”でした。
当時タクシーや自家用車は無く、山崎タクシーは繁盛しました。とくに東白楽駅近くの鳥越に住んでいた女優・川崎弘子と尺八の名手・福田蘭童夫妻がお得意先でした。ちなみに当時、シボレーのオープンカーの新車は1300円でした。
提供:山崎ハルさん(六角橋1丁目)
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横浜大空襲(昭和20年5月29日)の前後
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昭和8年、京浜急行仲木戸駅ホームから神奈川駅間の風景
左後方の丘は高島台・旭ヶ丘。さえぎるものもなく、一望できます。
提供:青木小学校
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写真左と同方向を仲木戸駅から望む現在
2013.6.17 撮影:石川佐智子さん(日吉)
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