編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏
NO.837 2016.01.10 掲載 
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連載「思いつくまま」
                          
★昭和58年1月1日発行『とうよこ沿線』第14号から転載


          信州だより

     OL 野沢明美(長野県上伊那郡辰野町)


 この寒い故郷で。朝夕の身にしみる冷え込みに閉口しながら。

 『とうよこ沿線』読者の皆さん、そして編集スタッフの皆さん、お元気ですかー。
 信州で2年ぶりの冬です。横浜で暖かな冬に安心していたあの頃は夢のよう……美しくも厳しい大自然。



                          絵:吉松克己(綱島)


 
でも長年愛してきた風景そのままです。伊那谷をゆるやかに流れる天龍を見下ろし、西には遠く霧ヶ峰、蓼科、東に駒ヶ岳をはじめとする木曽山脈を望み、そして正面には他県と境をなして赤石山脈――、訪れる人々にして見晴らしのすばらしさには定評があります。

  最寄駅まで歩いて40

 でも私がこの環境に素直に感謝できるようになったのは20歳の声を聞いてからのことではないでしょうか。一番近いところの国鉄「羽場駅」まで歩いて40分というこの事実は学生の私を大変苦しませたものです。暖かな季節なら、私でも、初めて訪れる観光客のように何かを発見しようと気長に歩いてもみますが、今は掘りごたつのぬくぬく≠セけが恋しくて。



    ヨコハマ初印象

      主婦 山火典子(港北区綱島台)


 北海道、東北出身の私たちが小さい子供2人を連れて横浜にきた時は、親戚も知人もなく、見知らぬ外国にきたような心細さでした。初めて住んだところは、埋立て前の金沢区富岡。

 夜着いて、翌朝窓を開けたら目の前に輝く海が広がり、遠くに白い外国船、近くにヨット、すぐ下には漁船も並んでいて、ああここはヨコハマ。


 魚屋さんではアジやカレイがはねていました。八百屋さんのかごに盛られたかわいい葉っぱ。「つまみ菜だよ」、うわァ。これが歌に出てくるつまみ菜。みどりのそよ風、いい日だなアー=B

 
夏、どこにでも咲いている赤い花と白い花の木。調べてみたらこれが、敗戦の焼け野原にも赤々と咲いていたという爽竹桃(きょうちくとう)。秋、はじめて乗る新幹線。「うわァ富士山きれい、ミカンきれい!……と感激しているのは私たちだけみたい。

 そしてひとの言葉。近くのお寺の庭で子供たちを遊ばせている時、通りがかった人夫風の人が、「あ、そうやってると美智子さんみたいだよ」と冗談。同じひやかしでも、なんと楽しいのでしょう。お米星さんのお兄さんも酒屋さんのおじさんも、通りすがりのおばあさんだって、「いいお天気ね、お散歩?」とか言葉がいっぱい口から出てきます。ヨコハマはなんて解放的、なんてステキなところでしょう。

 あれから10年。やっぱりヨコハマ大好きです。




          ベランダの犬

      会社員 久保島紀子(港北区日吉)


 毎朝夕、通勤時の東横線の車窓から見る光景。代官山駅を抜け、右側の並木橋交差点の近くにある近代的マンション、そこの2階のベランタに住んでいるぶちの雑種犬2匹。ベランダの片隅に犬小屋があって、もう片隅には洗濯機があり、その間をクサリにつながれたまま右往左往しながら、電車の方を見ている姿を毎日見ます。

 生後、毎日東横線を見ている犬

 あの犬は、生まれた時から東横線を見てきたのだと思います。広い野原を走ったことあるんだろうか。毎日、何十本もの電車を見て、何を考えているんだろう。突然、あのベランダから飛び降りたくなんてならないんだろうか、といつも思って見ています。

 最近の子供たちは、生まれた時からマンションの高い所に生活しているので高さの感覚がない。小さいうちに「こういう高い所から落ちると痛いのよ」と教えておかないと、平気で飛び降りたりする、ということを聞いたことがあります。
 こわいことですね。きっとあの犬も、広い野原に連れていかれても、走ることを知らないんじゃないか。


 私の田舎栃木で飼っていた犬なんて、クサリにもつながれずに、毎日庭中をかけまわっていたのに。裏庭に行くカーブが曲りきれなくて、横滑りをしながら勢い余って回ってしまったり。体中に、枯草やら何やらくっつけて帰って来たり。枯草が敷きつめた地面を歩く感触を、想像もできないような子供たちも、犬も、たくさんいるんだろうな。

 あのベランダの犬、夏の暑い日、ベランタに水を入れたポリボックスを出してもらったらしく、その中に首までつかって水浴びをしていました。悲しいくらいに、かわいかった。   絵:中島雅子(田園調布)



    桃源郷と先生

      学生 中島雅子(大田区田園調布)


 新宿から2時間もしない所に桃源郷があった。桃源郷――私たち学生をみかん狩りに招いてくださった、陶淵明ならぬ、先生のお言葉どおり、素晴らしい所だった。

 大学での講義よりもみんなと話をし楽しむ方が好きだとおっしゃる先生は、ご自分のみかん畑に野良着姿で現われ、私たちを驚かせた。
  枝もたわわに実るみかんを段ボール3箱もとっている間、奥様と薪をくべて作ってくださった豚汁。畑でとれた野菜を雨水で洗い、炭火でバーベキュー。満足しきって山を下れば、眼下には小田原の海と夜景。背には箱根の山々の夕映え。そしてロシア民謡のBGMが似合う、年代を思わせる先生のお部屋。
 「私はここを桃源郷にしたいんですよ」と皺の中の目を輝かせて、先生はおっしゃるのだった。

 無味乾燥な講義を続ける教授の多い中、むしろ人や自然とのふれあいを、この先生は教えてくださったのではないだろうか。

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