編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏
NO.829 2016.01.05 掲載 
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戦争
百日草の詩(11)
 
本誌「思いつくまま」
                          題:「私の仕事」

★昭和55年9月発行『とうよこ沿線』第2号、同年12月発行の第3号から転載


   外国人に日本語を教えるコツ

          日本語学学校経営  中西 郁夫(渋谷区渋谷 34歳)




筆者・中西郁夫さん

 この仕事の第一歩は、相手の目的を知ることから始まります。言葉の習得には、話す、聞く、読む、書く、の4つの要素があり、この順序を間違えないことが大切です。

私が指導する生徒の目的は大半が会話の習得で、しかも短期間に覚えたいという条件がつきます。
 その指導の心得のいくつかを述べてみましょう。

 まだ読み書きの出来ない子供が立派に両親と話している姿を思い浮べてください。私の仕事のヒントはここにあります。唯一の相違点は、生徒が子供でないことですが、使用する基本の文型は同じです。


短期間に言葉を指導するのは、家を建てる≠フと似ています。まずどういう家を建てるかを確認し、骨組みを作ります。この材料を選ぶ技術が教師の経験と手腕。私達がふだん無意識に話している日本語を、一度全部分解しもう一度組みなおすのです。私達が外国語を習う際も、ここから入るべきです。即ち、まず日本語の基本文型を抽出し、必要な言葉から覚えていくことです。

 さてここまでは、何を教えるか、どういう順序で指導するかで、これは教師としての基礎知識です。しかし問題はここからで「どうやって教えるか」という私の最も大切にしている点に触れてみましょう。

 1. 相手の性格を早くつかむ
 2. 相手の立場に立って考える
 3. 相手に自信をつけさせ、それをくずさない
 4. 相手に質問させる
 5. 間を大切にする

 才能のある生徒を短期間に上達させるのも大事だが、自信のない生徒を上手にすることこそ教師としての真価が問われることだと思います。






  いわば街の遊軍記者

   新聞記者 勝田 則雄(大田区田園調布 31歳)




筆者・勝田則雄さん

 私は日経流通新聞の記者をしています。同紙は日経新聞のうちデパート、スーパー、商店など流通関係だけを独立させた専門紙です。中でも私は消費者担当ということで、今何が流行しているか、主婦やヤングはどんな考え方でどんな生き方、暮し方をしているか――といったテーマを抱え東奔西走する毎日を送っています。
 ですから、私の取材対象は政治家でもなければ役人、会社のお偉方でもありません。ほんとうに街を歩いている奥さん、若者、商店主のおじさん達です。多摩川園に住んでいる関係で通勤の行き帰りに乗る東横線は絶好の取材の場でもあります。


  

 窓から見える商店の広告、車内で聞かれる若者たちの会話、そんな何げないものにしばしば取材のヒントがあることが多いのです。

 先日も車内を見回していたら自由が丘きもの学院が「ジュニアマナー教室」を開くという広告が目に入りました。小中学生にお辞儀の仕方、座布団の腰掛け方、言葉遣いなどを教えますという内容です。さっそく学院長にお目にかかり、何故ジュニアマナー教室を開講するのかをお尋ねしました。

「あなた、日本間に入る時、障子を開けてからあいさつしますか、中に入ってからですか、誰もわからないでしょう。核家族になってしきたりが伝わらなくなってしまったのです」
 といったお答えです。なるほど、そこまできているのかと思いました。きものの着付けを教えている本業の方でも足袋のコハゼを知らないためはけないお嬢さんがいると思えば、娘の着付け姿を一目見ようといい年をした父親が教室の前に門前市をなす有り様とか、世相を反映した面白い話をたくさんうかがうことができました。

 私の仕事はいわば街の遊軍記者といったところです。『とうよこ沿線』の読者の方で「こんな話があるのだが」と思われた時は何でも結構です。ご一報ください。お待ちしております。




 キリなく続く私の前の仕事

   ピザ店経営 神谷 善一(神奈川区泉町 32歳)




筆者・神谷善一さん

 今のところは、ピザパイ屋でありまして、毎日おいしいパイを作るのが私の仕事です。今のところと書きましたのは、何しろ私が飽きっぽいのと新しがり屋でありまして、いつまた仕事が変わるかのかもわかりませんので……。

 その前までは、プラモデル・ラジコンをあつかう模型屋、ちっぽけな店でしたがスーパーカーブームやらで、結構売れ、年中無休で2年間続けました。


 前の前は、広告代理業を経営、ラジオテレビのコマーシャルと印刷物、ポスター、カレンダー、チラシなどを製作、販売、ピンクレディのカレンダーが飛ぶように売れました。
 現在でも何となく広告屋としては続いております。

 前の前の前といいますと、サラリーマンでして、ある広告代理店に勤め、営業をかなり長い間やっておりました。この時に営業のほか、企画、CFの製作、コピー、苦情処理、集金まで何でも……いま思うといい勉強になりました。

 前の前の前のそのまた前は、原宿のデザイン会社のグラフィックデザイナーとして、かなりがんばりましたが、関連団体の解体と共にデザイナーとしての夢も希望も消えてしまいました。
 そのまた前はといいますと、キリがありませんので、やめときますが、まあ、こんな風でとても自慢にはなりませんが、私の仕事、仕事だったことを書きました。








    歯ブラシのお話
 

      関東労災病院歯科衛生士 戸塚洋子(戸塚区上郷)




筆者・戸塚洋子さん

  いつもながらの朝のラッシュ時。京浜急行から東横線に乗り換える。車内は例によって満員…。
 大声でお喋りする女学生たち、広げた新聞が人の鼻先に当ろうとおかまいなしの殿方、本を読んでいる人、居眠りをしている人。そんな中で私の視線は自然と周囲の人たちの開いた口元、歯の動きに……。

 歯ブラシをよく当てない人が多いのに気づく。特に若い学生さん、勉強に追われて歯を磨く時間がな.いのかな? 困りますよ、若くして総義歯にもなりかねないのに!
 といって、あまりジロジロ見ると変人だと思われそうだから適当に視線をそらす。

 本当に歯の汚れている人が多いと感じるこの頃、口腔衛生に、もっと真剣に取り組まなくてはと決意する。

 職場で「歯ブラシをよくかけていますか?」と質問する。
 「もちろん、今朝もちゃんと磨いてきましたよ!」
 中には怒ったような顔で口を開かない患者さんもいる。そこで私はやんわり「ごめんなさいね、上手に磨いていらっしゃるようなので、ちょっとテストしてみてよろしいでしょうか」と許可を戴く。

 早速テスト剤を塗布――。ハイ、うがいをしてください。案の定、全体に真っ赤に染まり、すぐには落ちそうにない。用意してあった鏡を手渡すと、アッーと声を上げ、あわてて、またうがいをする。
 「どうして赤くなるんですか?」「赤く染まっている所が汚れていて歯ブラシがよく届いていないのです。 人によって歯並びは違いますから、歯ブラシの当て方も当然違ってきますよ」と説明する。
 「それでは、どのように……」
 やっと患者さんも納得したようである。

 これからが私の本番、模型を取り出して、ブラッシングの指導に入る。できるだけこまやかに――。



  私はプロの婚礼司会者
     司会者 桂 太郎(目黒区上目黒 54歳)




筆者・桂 太郎さん

  

 私は結婚ご披露宴の司会者です。珍しい仕事ですが、式場側からはご披露宴をスムーズに進行するために必要とされ、いっぽう、新郎新婦側からはご披露宴の内容をより楽しく盛りあげて…という要望によって登場した新しい仕事です。数が少ないこともあって大変重宝がられております。
 余談ですが、先日私の司会を見た年配のお客様のお話。息子さんの結婚式を有名なTホテルで何百万円もかけて挙げたのです。日頃はよくしゃべる若い友人の司会者が200人以上もズラッと居並ぶお客様にビックリ。あがっちゃって間違える、ツッかえる、もうメタメタ…。


 

「結婚式はお金さえかければ良いというものではありませんね。もう少し早く桂太郎さんを知っていればよかった……」とのこと。

 たしかに私が何百組も司会をした経験によりますと、ご披露宴をより楽しく想い出のある宴にする最大のポイントはお金ではありません。人数の多少でもありません。慣れた、落ちついた、誠意のある司会者を選ぶ…ということです。

 ところで私たちが有名テレビ司会者や落語家などと違う点は、私たち婚礼司会者はあくまでもご披露宴の交通整理、進行のお手伝いをするわけで、主役は新郎・新婦様です。一方、有名人の方々はその仕事の性質上、つねに主役でなければならない…という宿命を背負っているのです。ですからどうしても新郎・新婦様が一方的にカスンでしまう。しかも費用も15万円だの20万円だの、私の3倍、4倍以上もかかる人もおります。

 読者の皆さんに今日は私が大切にしている『幸せの数字』を公開いたします。
 3回声を出して読んで1回黙読、さらに4回大声で読んでください。いいですか……7195315…。ハイッ、おぼえましたか? 失礼! 私の電話番号でした…。




  可能性を、そして夢を持つ子へ

      塾教師 伊林 政治(目黒区緑が丘 28歳)




筆者・伊林政治さん

 ぼくは大学入学以来、10年近く塾で子供たちを教えています(実際は子供たちにいろいろ教えてもらっているのですが……)
 小学生だった生徒が大学生になったと聞くにつけ、我ながらオジンになったものだと感じ入ったり。

 毎年同じようなことをやっているのですから、だんだん要領を得て、仕事も楽になりそうなものですが、そうはいきません。毎年、生徒は変わり、ぼく自身も内面的に変わりつつありますから。


 生徒の個性を見抜き、長所をのばし、授業は生徒と一体となって生き生きしたものにしたい。子供たちには本格的な学力をつけてもらいたい。と、頭の中では理想を追いかけるのですが、現実にはなかなかうまくいきません。そして最も頭を痛めることは「子供たちの心を生かすこと」です。

 現代のような情報過多時代では子供の心境も複雑で、彼らがあまりに早い時期に自分の能力や可能性に見切りをつけているのには、驚かされもします。
 だからぼくの仕事は、単に受験への近道やテクニックを教えるのでなく、彼らの持つ潜在的な能力を引き出し、真の可能性を、そして夢をふくらませることだろうと思うのです。ぼくも自らの無限の可能性を信じ、彼ら以上に伸びていきたいと密かに闘志を燃やしています。

 と、ちょっとカッコいいことを書きましたが、今日もまた、生徒たちと冗談をいったり、ゲームセンターに行ったりして「理想の授業? そんなもん、やれたかな?」と首をかしげています。

 なお、ぼくの塾、日吉ラサールでは「基礎から入試レベルまで徹底指導」「小4から中3まで少人数制による個人指導」方針でやっています。


  益子焼とともに喜びや悲しみ…

     民芸益子焼店経営 志村順子(高津区馬絹 44歳)




筆者・志村順子さん

 

 ふとお訪ねしたお客様のお宅。昔運んだ覚えのある益子焼の壷に、秋の草花が美しく活けこんである。そんな時、ジーンとしてしまう。
 「これ、あなたのお店のよ!」と、磨き込まれ、輝やきを増したスープ・カップで熱いシチューをご馳走になる時、良き人にめぐり逢えた益子焼の幸せを感じる。

 「益子のお使い役をしてみなさい。どうしたら良いかはお客様が教えてくださる。焼物の好きな人に悪い人はいない」


 10年ほど前の師・佐久間藤太郎先生の言葉を信じてきたが、仕事を通していろいろな方にめぐり逢い、教えられ、導かれ、助けていただいたことを本当に有難く思っている。

 同じ器であっても、焼物を使うにはゆとりと遊び心がなくてはならない。
 そのゆとりは向上心につながる。益子焼を使う人の生活は必ず向上すると信じ、この一枚のお皿が使ってくださる方に幸せをもたらすよう、祈りをこめて送り出している。

 もちろん、時には思いどおりにいかず、自分の力の無さに悲しくなることもあるが、素晴らしいスタッフが私を支えてくれている。長男が今春大学を卒業し、一緒に仕事をしてみたいと言った。また一人、味方を得たような心境…。

 魚座生まれの私は夢想家。ひとつも売れない日だって、益子焼をかついで、世界中行商なんてことを考えている。


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