編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏
NO.824 2015.12.31 掲載 
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戦争
百日草の詩(11)
     
本誌「思いつくまま」
★昭和58年3月1日発行『とうよこ沿線』第15号から転載


  
 私のちょっといい話


           わが町せんぞく

                      主婦 立石 幸江(大田区北千束)



 

 「ピンポン……。」チャイムを鳴らすと、まっ白なエプロン姿の奥様が顔をのぞかせる、そんな家々が並んだ閑静なお屋敷町。
  ここに、にぎやかな下町浅草から移り住んで二十数年になる。

 せんぞく≠ニいう町が驚くほど変貌したのは、東京オリンピック以降のことである。環状7号線が大幅に拡大され、地域住民は騒音や排気ガス公害に悩まされ、数多くの人々が移転して行った町でもある。

 私の家はせんぞく″の駅から300メートルの所にある。そこから南の方に5分位歩くと『窓ぎわのトットちゃん』に登場する著者、黒柳徹子さんが最初に入学した学校「赤松小学校」がある。
 さらに坂を下って5分ほど行くと「日蓮上人」が足を洗ったという洗足池。春には数十本もある桜が満開となり、花見の宴が開かれ、秋には木々の紅葉が見事で松の緑とうつり映え、静寂な景勝の地がある。


春には数十本もある桜が満開となり、花見の宴が開かれ、秋には木々の紅葉が見事で松の緑とうつり映え、静寂な景勝の地がある。

 時と共に変わりつつあるこの町ではあるが、私にとっては思い出の地であり、心に安らぎを与えてくれる、ふるさとのような所である。


     電車の中の、あの初老の方は…

                         S・E 伊藤 進(港北区新吉田町)

 秋の夕暮れ時でした。渋谷行の東横線の電車を桜木町駅のホームで待っていたのです。
 
 何気なく隣の年配の男性(どう見てもハマの港湾労務者にしか見えないのですが)へ目を向けたところ、ノートを広げて何やら書いているではありませんか。知らんぷりしながらも、チラチラとノートに書かれた文字を見てビックリ! なんと……ドイツ語ではありませんか。
 しかも、単語の羅列ではなく、きちんとした文章でスラスラとボールペンで書いていくのです。形容詞、関係代名詞の性・格の変化もきちんとしたもので、しばし唖然として見とれてしまいました。

 仕事の途中でしたので、あまり詮索もしないでその場を去りましたが、あの初老の方は何者なのでしょうか。ドイツ語と……あの服装が……あまりにも対照的で今でも印象に残っているのです。








           
隣のオウム

                      中学2年 高畠由美子(世田谷区奥沢)

 家で勉強していると、隣の家のオウムが「アーキラー、アーキラー、ナーニヤッテンダー!」と叫ぶのがよく聞こえます。私の弟2人が庭で野球をやっているとき、こう言うのです。

 3年前
ころ、この言葉を覚えたらしい。今では「ナイスー」というのが入ります。
 この間は、「ユミコー」と叫んだのにはギョッとしました。だって、私の名前なんだもん。



 今度、隣の家の人があの子″を見せてくれるというので、とっても楽しみにしています。






      名物も時代ととも変わってゆく
          
   
                       開業医 
布施徳郎
(川崎市中原区井田)

 私の秘蔵本のなかに『珍味を求めて舌が旅をする』というちょっと変わった題の一冊の本がある。大正13年の日本評論杜の発行で、いわば最近よく出されている「食べ歩き」の本の走りとも言えるものだ。

 この中に「奈良茶めしは川崎萬年屋の名物で今でもあるはずだ。川崎大師のあのへんは昔から奈良漬を名産としていたからね」というくだりがあった。
 そう言えば大師の門前町では今でも奈良漬が売られている。昔、この辺は水田のひろがる純農村で南部に「川崎宿」があった。米のほか、瓜(うり)の生産もきっと多かったのであろう。

 葛餅(くずもち)が名物のことは知っていたけれど奈良漬もまた名物であったとは……。

 奈良漬についてご存じの方がいらっしゃいましたら、お話をぜひ聞かせていただきたいものです。







 私の失敗


       大失敗になりかけた話

                           住谷不二男(世田谷区等々力)


 台湾から、台北での全国集会の席に講演の依頼で招請の話が来たのは1118日。講演の日は12月7日で、5日羽田発。

 
 私は5年間有効の数次旅券が83年2月15日まで期限があるのを持っていたので、早速OKの返事をした。
 先方から喜んで中華航空の航空券を送ってきたので査証手続きに行ったら、なんと旅券の期限が切れているという。有効期限前3カ月で無効だという。

 約束をしたあとで、この事がわかった。国際的な信用にもかかわる。顔色を変えて当惑した。係りの人のさしずで、新しく旅券手続きをし、これが下りたのは出発の3日前、123日。この日午前中にビザの手続きをしなければ4日(土曜)に下りない。旅行社に頼んでも間に合わない。あちらこちら駆け回って、予定の日午前10時、ビザを手にしたときは、心の中で思わず万歳を叫んだ。

 世の中のことは全部相手がある。これは国の話であるが、自分がよいと思っても相手が別の考え方をすることがある。




          待ちくたびれた家族

                     教員 石塚千鶴子(目黒区平町)


 新潟から出てきて8年目。先日実家の兄に赤ん坊ができた。これを機会に2週間先の土日をかけて、新潟の実家に帰ることにし、連絡したのです。家族は喜び、待っているからという返事。

 ところが、その直後都合が悪くなって行けなくなってしまったのですが、それを実家に言おう、言おうと思いなが

ら、ついに当日まで言いそびれてしまいました。

 遠い新潟で暮らす実家の者たちは、私の到着をまだか、まだかと夜中までず〜っと待ち、たくさん用意していた私の好物が冷めきってしまうまで待っていたそうです。翌日の朝、両親に電話すると父の声「もっと人の気持ちを考えて慎重に行動しなさい!」とキビしい一言。つづいて母の声「一生懸命、好物をこしらえて待っていたんだよ。今度から他人に迷惑をかけないようにね。仕事を頑張って!」。それから兄の声も「いいんだよ、今度来いよな! かわいいぞ、赤ちゃん」
 もう涙があふれて、ごめんなさいの連発でした。



 近頃、腹の立つ話


          信じないおじさんへ

  
                           中学1年 中岡奈津美(神奈川区松見町)


 週3回……私、東白楽の塾に行っているのです。夜7時からですから、帰りはどうしても9時ごろになってしまいます。


 ある日、いつものように妙蓮寺駅に着き、家に電話をかけて、さあ急いで帰ろうとするところへ、うす汚いジャンパーを着た太ったおじさんが後ろから話しかけてきました。
 「ちょっとお姉ちゃん」「はい?」
 「こんなに遅く何してるんだい?」「はぁ?」「早く帰ろうね」
 「でも塾に行っていたんですよぉ」「だめだよ、家の人が心配してるよ」「だから今、急いで帰ろうと思ってるんです……」

 「おじさんはここら辺の補導員なの。決して怪しい人じゃないからね。だから早く帰りなさいね」「はぁ、わかりました、さようなら」「はい、さようなら、子供がこんな時間うろうろしてちゃいけないよ、うん」

 果たして、あのおじさんは私を信じてくれたのだろうか。私は遊び歩いてなんかいないよ。

おじさん、この文を読んでくださっているでしょうか。




         仲間はずれ

                        九品仏小3年 池田哲人(世田谷区奥沢)


 ちかごろ、はらのたつ話といえば、やはり友だちにいじわるされて仲間はずれにされることです。ぼく一人だけ、あそびの仲間に入れてくれなかったりする人がいます。

 わざとぼくと口をきくのをさけたり、ほかの友だちにぼくのわる口をいいふらしたりするやつがいます。そういうときは、ほんとにかなしくなりますが、ぼくはそのときかんがえます。

どうしたら、仲間はずれやいじわるをなくすことができるか、と。

 みんな一人一人が自分が仲間はずれにされたときのことをかんがえればいい、とおもいます。
 きっと、かなしくなって、また仲よしになるとおもいます。

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