川の流れる街、一関市
私の出身地は、岩手の南玄関として知られる一関市の近郊・大東町。中学、高校とも一関市内だったので、大船渡線で汽車通学していた。
一関市は、北上川と磐井川(いわいがわ)という2本の川が合流している。北上川の方が水量が多く、何度か水害に見舞われた。
市街の中心を流れる磐井川。学校も堤防沿いにあった。その河川敷公園は市民の憩いの場という感じ。昔、高崎城があったという釣山公園も、桜の名所として親しまれている。
街に川が流れているというのは、実に心がなごむ。川が街に何本も流れているなんて、全国そうそうあるものでないだろう。岩手を代表する「杜の都」盛岡も、北上・雫石・中津の3本の川が流れる。未来に向けた街づくりが進められつつ、自然がマッチしている姿は、ビルばかり建ち並ぶ姿とは、まるで違った風情がある。
対照的な厳美渓と猊鼻渓(げいびけい)
一関市付近で有名な観光地に、日本百景の一つである厳美渓や東山町にある猊鼻渓がある。
厳美渓は、2キロにおよぶ渓谷を上から見下ろす景色が四季変化に富み、絶景。名物の郭公(かっこう)団子も人気の一つ。 渓谷の岸から岸へ綱を渡し、木槌で合図の板を「コーン」と鳴らすと、滑車のついた篭が綱を渡って団子を運ぶ。今でこそ、珍しいと人が集まっているようだが、私が小さい頃は、厳美渓に行くと当たり前のように団子をほおばり、対岸の遊園地で遊んだものだ。
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厳美渓 |
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これに対し猊鼻渓は、下から渓谷の両岸を見上げる景色が自然林に彩られて美しい。ここは、下校途中の寄り道コースの一つ。水が澄んでいて、きれいだった。飯ごうでご飯を炊き、河原で食べたりした。うまく炊けることばかりではなかったが、自然の中で仲間と食べると、なぜかおいしかった…。
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猊鼻渓 |
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このほか、一関の北には、みちのくの古都・平泉、西には夕陽を浴びて輝く栗駒山、南は海岸で、高田松原や碁石海岸、宮城県の気仙沼などがある。
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上品さ漂う方言、素朴で誠実な人柄
県北は南部藩だが、一関市あたりは田村藩。文化圏でいうと、むしろ宮城県側だが、人柄や方言でいくと盛岡の方が好きだ。
訛っているというより、柔らかく、むしろ上品に聞こえるのが岩手の方言。ゆったりとした話し方に温かい人間味を感じる。ふるさとで自慢できるものといわれたら、素朴で誠実な人情をあげたい。
先日、公演で岩手県に行き、某デパートで売り子の女の人に千円札を両替して欲しいと頼んだら、嫌な顔せず、すぐに対応してくれた。こちらのデパートではそんな風にしてくれるとは思えない。まだ、人情みたいなものが残っているかと思うと温かい気持ちになる。
民話や啄木・賢治らを育んだ風土
大東町の北部に位置する遠野は、柳田国男の名著『遠野物語』によって民俗学発祥にゆかりの深い地として全国に知られている。
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“民話の里”の今、遠野市土淵町山口地区
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私はおばあちゃんっ子で、小さい頃からたくさんの民話を聞かされてきた。例えば一本の木にも生命が宿っているとか、キツネやタヌキが人をだますとか、カッパが存在するとか……、子供の頃、本当に信じていた。夜はネオンなどが灯るわけもなく、文字通りの真っ暗闇になる。本当に一寸先も見えない。恐しいほどである。
今日、経済的な面でしか物事を考えられない人々が増えている。そんな世の中で、仮空のものを信じるという心や、自然に対する畏敬の念を持つことは、今でも忘れていないし、忘れたくないと思っている。小さい頃の経験が直接のきっかけではないにしろ、今、俳優として関わっていることは、当時の影響が多分にある。岩手の風土の中で育ってこられたおかげと感謝している。
岩手は、『遠野物語』が生まれても、石川啄木や宮沢賢治が出ても不思議じゃない環境なのだ。
“兵どもの夢の跡”と“庶民の夢の跡”
平泉は、今から約9百年前、藤原清衡により建設されたみちのくの古都。ここには昔、京都と同じくらいの街があった。
夏草や兵どもが夢の跡″――
源義経がこの地に庇護され、4代泰衡で藤原氏栄耀の時代を閉じた。今は、金色堂や毛越寺浄土庭園にその面影を残すのみで、建造物や文化財が、藤原氏の栄耀・平安朝文化を物語っている。
私は、それを自慢する気はない。むしろ、武士よりもっと下の人々の夢の跡を思わずにはいられない。実際にその建造物をつくったのは庶民なのだから。金色堂などを訪れ、観光する人々は、庶民の悲劇をどれだけ感じとって いるのだろうか。
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筆者・伊藤孝雄
岩手県東磐井郡大東町(現在は町村合併により一関市大東町)出身。目黒区自由が丘在住。新劇俳優(民芸)。49歳
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お話を聞き終えて
ふるさとを離れ、新劇俳優として活躍する伊藤さん。その鋭い視点にギクリとさせられた。
ふるさとを愛すればこそか、人を思いやる心のやさしさか。岩手の風土のスケールの大きさと奥深さを伊藤孝雄″という人物の中にも見たような気がする。(斉藤かすみ)
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