編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏
NO.787 2015.12.01 掲載 
戦争   昨日、今日、明日
 良い入れ歯で、元気で長生き
 
NO.6
文:金子 榮男(神奈川区沢渡 歯科医
  
        ★平成11年10月25日発行『とうよこ沿線』第73号から転載


 私が師と仰いで、久しく鞄持ちをしていた日本大学歯学部教授、野本先生は、当時日本で入れ歯を作らせたら5本の指に入る大先生でした。

  師の座右の銘

 

 師の技術もさることながら、人格と教養に惹かれていつとはなく多くの先生がその周りに集まり、「野本会」が自然にできていました。私も先生を慕って入会し、末席を汚すことができたことに誇りを感じたのを覚えています。

 晩年の師は採算を度外視した診療に日々を送り、患者さんから大変感謝され、喜ばれていたのを側でしばしば見聞きしたものです。師の風貌、思想が古武士を思わせる昔気質の先生でしたから、あの赤ひげ先生″のように貧しい人からは治療代を安くし、お金持ちから多くをいただくという診療内容だったように思います。

 「『いくらお金がかかっても良い入れ歯を』という患者さんからの高度なニーズにも常に対応できるよう、日頃から腕を磨いておきなさい!」。
 それが師の口癖でした。私の医院では開院以来、師の座右の銘「終生勉強」の色紙を診療室に掲げ、その向上心や積極的な姿勢を忘れないように心がけてまいりました。

時々、その色紙を見た患者さんが、「『終生勉強』って、いい言葉ですね」なんて褒めてくださいます。また、師はこんな言葉を。「男が外で大を為すには家庭が大事だ」と言って、「夫婦一体」という色紙をくださいましたので、これは自宅に飾ってあります。

 
  患者さんの喜ぶ顔

  最近の私は、その教わった技術面のことは、もちろん言うに及びませんが、精神面で受けた大きな影響のためか、還暦を過ぎた年齢のためか、お金にあまり執着しなくなりました。患者さんに喜ばれるのが何より嬉しく、楽しい境地に入ってきたように思います。

 今年も男女の平均寿命が伸びて、ますます日本は高齢化社会が進んでいます。私の歯科医院もご多分にもれず、不幸にして四肢が不自由になった人、耳や眼に支障をきたした人、痴呆が進んでしまった人……等々の患者さんが増えてきました。




診察中の筆者

 
そのような患者さんの余生を元気で楽しく送ってもらいたいと願う気持ちが以前より強くなり、それに少しでも役立てばと良い入れ歯作りに励む毎日です。
 良い入れ歯とは、以下のような条件を満たすものです。

○よく噛める ○痛くない ○入れ心地が良い(違和感、異物感がない) ○審美的である ○味が良い ○良く話せたり歌える ○痴呆を予防する

 このような入れ歯を作れるのも、若い時に心から尊敬できる師に巡り会い、入れ歯を専門に修業できたのが役立っていることに大変有り難いことだと感謝しています。
 今は亡き両親に親孝行ができなかった分、ご老人に親切の押し売りをして自己満足している私です。 昨今の診療室は老患者さんとの談話室″のようになっていますが、それもまた楽しいものです。
 老人の 千人力は 良い入れ歯


       金子 榮男

 東京・大森生まれ、62歳。日本大学歯学部卒業後、同学部の野本教授に師事、総義歯などを学ぶ。昭和41年、現在地の神奈川区沢渡で金子歯科医院を開業。診療のかたわら週1日、母校日本大学歯学部の講師として後進指導。
 余暇はボウリングや海釣りで鋭気を養い、趣味の骨董や囲碁を楽しむ。


「とうよこ沿線」TOPに戻る 次ページへ
「目次」に戻る