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運転台のうしろはこどもたちの特等席である。東横線はひと頃の国電とは違い、運転士の仕事ぶりがガラス張りだから、信頼感がもてるし、こどもたちにとってはこの上ないサービスである。
運転台には速度計、圧力計、電流計、……と数々の計器が並んでいるが、何といっても興味の的は速度計であろう。心の中で90キロ! 95キロ! とつぶやきながら、知らず知らずのうちに運転室の壁を前の方へ押している。98キロでノッチオフ。クソッ! と思って我にかえると、握っていた手のひらが汗でびっしょり……、なんて経験をもつ読者も少なくないはずである。
小生の友人で祐天寺に住むT君がいる。彼は以前に自由が丘〜学芸大学間で、7000系の上り急行(先頭7023)が時速122キロを出したのを見たというその話を聞いて、最初は驚嘆したのだが、すぐにそれは疑惑に変わった。
小生「ちょっと待てよ。速度計の目盛は、120キロまでしかないじゃないか!」
T君「いや、針が振切れてさらに加速したので、あれは122キロに違いない!」
いやはや恐れ入りました。
スピードの楽しみに競争がある。上り電車が多摩川園(現多摩川駅)を発車すると、目蒲線と並走する。東横線の方がパワーがあるから、追抜いてゆくのが常であるが、サーッと抜いたのではつまらない。窓ひとつ分ずつ、ジリッジリッと追抜いてゆくところに醍醐味がある。
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その光景をドアにもたれて見ていると向こうの乗客と視線が合ったりする。お互い目のやり場に困ってうつ向いたりして……。それでいてこっちが勝っているのだという空虚な優越感にひたるからおかしなものだ。
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イラスト:川名亜佐子(妙蓮寺)
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同じ区間でも下りの場合は趣が異なる。田園調布を同時に発車すると、出足が速い東横線がリードするが、多摩川園が急カーブのためあまりスピードを出さない。すると今までこちらに抜かれていた目蒲線がビタッと並んだかと思うや否や、こんどは向うがジリッジリッと追抜いてゆく。これぞまさしく微分積分の世界である。算数がきらいなこどもは電車に乗るとよい。
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