1896年(明治29年)現横浜公園のクリケット場で、東京第一高等中学(いわゆる一高)の学生ど外人居留民でつくられたアマチュアクラブとの間で試合が行なわれた。
これが日本で初めての国際親善野球である。ユニフォームもバッチリ決まった外人チームに比べ、一高チームは盲縞(めくらじま)の脚絆に素足といういでたち。おまけに、捕手以外は全員素手であった。それでも29対4という大差で一高が圧勝したというから、当時の日本人のド根性には、まったく脱帽!である。大負けした外人チーム、悔しさの余り再試合の挑戦状をたたきつけた。結果は32対9。またもやラグビー並みのスコアで大敗してしまった。
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この国際試合に出場した一高ナイン
右下のキャッチャーと思われる人だけがミットを持っている |
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