ビヤ坂という坂が山手の丘にある。この丘の上に明治3年から大正12年の関東大震災まで53年間、日本最初のビール醸造所があった。そして、ビール樽を積んだ馬車が行き来した。
この仕掛人は、コープランドというノルウェー系のアメリカ人。今の中区諏訪町北方小学校の隣りのキリン園辺りにスプリング・ヴァレー・ブルワリーというビール醸造所を作った。その頃、ここ一帯は天沼と呼ばれ、こんこんと泉のわく春の園のように美しい所だったので、この名がついたとか。
それまでも、ビールは居留地の外人にとって欠かせない飲み物であったが、輸入に頼るしかなかったので、彼のビールは人気を呼んだ。やがて、地元の日本人にも「天沼ビヤザケ」という名で親しまれていった。
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