編集:岩田忠利/編集支援:阿部匡宏/ロゴ:配野美矢子
NO.719 2015.07.02 掲載 

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NO.6

      インドネシア海上 14日間の船旅

         南海に浮かぶ孤島巡り

     捕鯨村と世界最大の仏教遺跡

              
      取材・文:鈴木善子(本誌編集次長)  写真:岩田 仁 
  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載の“復刻版”

   掲載記事:平成11年6月15日発行本誌No.72 号名「椏」

    圧巻! 捕鯨ショー

 8月24日。レンバタ島の捕鯨の村、ラマレラ村へ。
 クルージング中には船客を退屈させないようにと、レクチャー、ファッションショー、船長・機関長・マネジャーとのトークなど楽しい一時を過ごします。

 「皆さん、甲板に出てください!」の船内放送。「すわ、何事!」と一斉に甲板に出る。洋上を見ると真新しい白木の船に10人ほどの現地人が乗った3隻がその船近くまで漕ぎ寄って来る。



舟の舵先から大きなモリを持った男が鯨めがけて海に飛び込んだ瞬間……。レンバタ島のラマレラ村ではこうした原始的なやり方で鯨を獲っています

ラマレラ村の島民は、今も世界に知られた伝統捕鯨で生計を立てている。島民が日頃の捕鯨術を私たちに見せてくれるのだとか。ただ、本物の鯨を見せられないので、「大きな木箱を鯨代わりにします」と船内放送の後、甲板から箱が投下された。すると、木船が鯨をめがけて漕ぎ寄ったかと思うと、船の舵先から大きな槍を構えた男が海中にダイビング……。他の船からもまた一人。刀を持った男が最後に飛び込んで鯨にトドメを刺す。
 見る見る海面は血の海(?)のはずですが……残念ながら身代わりの箱でしたから。とにかく大海原を、鯨を追って命懸けで巨大な鯨に挑む勇猛果敢な現地人には頭が下がりました。



舟の獲った鯨は村民に均等に分配、家々の軒先で天日干しし貴重なタンパク源として保存して大事にします

 しかし、この辺境の伝統捕鯨の村、ラマレラ村にも、国際社会の反捕鯨団体の声「鯨は獲るべからず」は着実に届いているそうです。日本同様、いやそれい以上に永年鯨をタンパク源としてきたこの村の将来が心配になりました。

   世界最大の仏教遺跡、
     ポロブドゥール寺院


 8月28目。きょうは世界文化遺産、念願のスマラン・ジャワ島のボロブドウール寺院へ。
 ボロブドウール寺院は8世紀のシャイレンドラ王朝時代に建てられた世界最大の仏教遺跡です。完成まで1世紀以上を費やし、1万人の人を使い、仏舎利塔の建造には2百万個もの石が使われています。856年にヒンドゥーがシャイレンドラを征服、それを機にボロブドウール寺院は廃虚となり、火山の噴火で灰をかぶってジャングルの茂みの中に眠っていました。それがなんと1000年を経た19世紀に英国人の手で発見され、陽の目を見たわけです。



200万個もの石が使われているという72個の鐘状からなる仏舎利塔の一部。そこに釈迦が瞑想する像も…
 港から大型バスで片道2時間。バスは赤信号も無視、休憩もなし、一目散に走るのです。どうしたわけか、パトカーが先導してくれているのです。みなXIP待遇、いや王侯貴族の気分に浸っているうちに到着。
 バスを降り、広場の向こうにそびえる壮大な石の建物が目に入る。と、私の全身に身震いするほどの感動が走りました。


到着後、感動のままにまずポロブドゥール寺院をバックに記念写真。左から岩田仁機関長、私、船客の日本人、娘・岩田ひろみ

 寺院の建物は極楽浄土や地上を表し、一つ一つの石や壁面にあるレリーフには釈迦の教えや芸術、歴史、農業、生活情景などが彫られ描かれています。こうした技と根気に思いを馳せて、驚愕に近い感動が止まりませんでした。



レリーフが左右にある回廊


天狗の面のような巨大なレリーフ


人々の表情や仕草が如実に表現されたレリーフ

仏舎利塔は高さ40メートル。1層から10層まで回廊で昇るのですが、各層で72の鐘状の小さい仏舎利塔にも釈迦の黙想する像が納まっています。たとえば最下層の第T回廊の壁面レリーフは2段に分かれていて、上段は仏の悟りを開いた人、仏陀の生涯が120面も。下段は釈迦の前世の寓話が刻まれています。

 もっとゆっくり見たい、自分の目が黒いうちにもう一度来たい、と胸に誓いながら帰路のバスに乗った私です。



最上層の10層から見た果てしないジャングル


 海外旅行はハワイ、香港、グアム程度だった私が、オーストラリア、東南アジアと2回、延べ28日間もの楽しい船旅を無事体験することができました。
  これも娘婿、岩田忠利の弟、仁君が日本郵船の探検客船、フロンテイア・スプリット号の機関長であるというご縁のお陰でした。
  何カ国かの外国人と生活し学んだこと、貴重な体験の数々は老い先短い私には、この上ない贈り物となりました。
  まことに、ありがとうございました!


          <「秘境の船旅」完結>


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