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初めてお手伝いさせていただきました。同じ街を何度も歩き、その度に違う発見がありました。いろいろなお話を聞く機会にも恵まれ、身の回りの世界が少しずつ広がっていくような気がしました。
(日吉・主婦・近藤睦子)
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小鳥より早き目覚めの術なさに
机の前にさえずりを待つ
早起きになりました。その1時間を今度は随筆に取り組みました。『とうよこ沿線』に少しでも近づけたらと楽しみです。
(大倉山のもの好き・山室まさ)
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前号「アルバム拝借」の関岳夫さんが岩田編集長のご紹介でわが菊名ハーモニカ教室へ。その所蔵写真の見事なこと。「記事になるよ」と後輩の東京新聞記者Y君へ。人の輪がつぎつぎ広がります。
(菊名・新聞とハーモニカ 大崎春哉)
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セキセイインコのピヨちゃんを飼っています。前回りが得意です。家の中に小動物がいるのはいいものです。
(菊名 鈴木みづえ)
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「少年易老学難成」。某大学通信教育学部には実に熱心な中壮年の学生が多い。無手勝流の熱弁に、年下の教授はタジタジ。若い学生はニヤニヤ。――学生・先生共に試練の夏――。
(綱島・学生・千葉 望)
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このところ、アロマ香の煙に包まれ瞑想してから寝るのが習慣になってしまいました。ボクの連載「リバーランズ フィッシング」のいいアイデア、浮かばないかなぁ…?
(武蔵中原 俵 賢一)
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当編集室には2人の“お母さん”(山室まささん・鈴木善子さん)がおります。最長老の山室まささんは84歳、今まで元気そのもので病気らしい病気をしていないとか。きんさん、ぎんさんに負けずにがんばって!
(綱島・自営 加藤弘年)
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「本気ですれば、大抵のことは出来る。本気ですれば、何でも面白い。本気ですれば、誰かが助けてくれる」。ある会社の社訓だが、日々本気で生きているのか、自ら問う毎日である。
(大倉山・大和淑晃)
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「とうよこ沿線」の広告写真を担当して早くも9号目。今回は地域特集ではなく沿線すべてを通し「食」をテーマとした特集とのこと、ムムッ……これは期待できる。期待を胸に東京から横浜までの行脚でした。
(祐天寺・カメラマン・深谷光男)
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8百余人の有志が「小さな親切運動」の一環でゴミ拾いのために山下公園に集まりました。今年が6回目の夏の日の出来事でした。皆、いい汗、かいていました。あなたも、来年参加してみませんか。
(大倉山・会社員 秋元重雄)
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綱島から南区・永田に引っ越しました。綱島付近が便利なのは、住民が声を上げて改良されたことが多いと聞き、南区の住民もあきらめてばかりではいけないのでは? と思うことが多いこの頃です。
(井戸ケ谷・永田の住民・吉野奈奈)
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大宮市に住む母がこの夏、平成8年8月8日、満百8歳を迎えた。8の字が4つ重なって、益々末広がり。まだ生きるに支障がなさそうだ。娘の私は赤字の雑誌作り、長引く緊張感に命が縮みそう。
(日吉・編集室 鈴木善子)
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この「編集の音」執筆者、延べ2215人に
昭和55年7月発行の創刊号以来16年、この「編集の音」は通巻66号、66回続いてきました。
一般の雑誌なら編集者の編集後記=A編集の裏話や苦労話でも書くのでしょうが、住民の皆さんが参加し一冊の雑誌にまとめる本誌は、その号の編集や取材や広告募集、さらに前号配本に協力した会員に書いてもらいます。内容は書き手の自由。その時の心境や近況を思いつくままに。
じつは創刊当時、これほどの誌面をさく必要がないとの読者の批判もありましたが、一方「本誌はあれに本音や本当の顔が見えて面白い。いつも後ろから読んでいます」の声も。
ともかく、通巻66号で「編集の音」の執筆者の数は、延べ2215人に達しています。
1号ごと、次号につなげるよう頑張ってくれた顔が走馬灯のように浮かび、その消息が気になります。
中でも洒脱な文で飾ってくださった諸先生や仲間の訃報が悔やまれてなりません。
畑田国男・天笠伝次郎・小林英男・石川 輝・山本二三雄・越村信三郎・楠本憲吉先生らのご冥福を改めてお祈りします。
(編集長 岩田忠利)
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