編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子
NO.654 2015.05.25 掲載

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『とうよこ沿線』No.28…昭和60年(1985)6月1日

 B5判 紙数:76ページ

 頒布:有料 定価200円
   
      参加して…


 大森から日吉の編集室まで自転車で
40分かけて現れる、別名チャリンコ・ライダー。
 人一倍の好奇心と行動力は、2歳のとき隣のおじさんと毎日競艇場通いしたのがもと。
 「それでですねえ…」の口癖と話好きで編集室の人気者、
18歳。
 

     巡回中の本屋で

        元都立南高校生  福田 智之(大森


 自称〝多趣味人間〟の僕には、本屋さん巡りという訳のわからん趣味がある。この妙味に取りつかれると、行動半径内の本屋は全て行かねばならなくなるという不治の病である。また、僕はサイクリングというこれまた趣味を持っているから、なおさら厄介である。

 昨年の6月、大田区内の本屋を巡回中の僕は、新規に立ち寄った田園調布の堅山書店というところで、この本と出合った……。

 9か月の間には、いろんなことがあるもの。なんといっても、沢山の人達に会える、この事につきる。ただの浪人生などでは絶対に会えない有名人の方々、素晴らしい人生を送っている人達、普通の生活を送っている限りは知るよしもない事が、雪崩のように僕に向かって押し寄せてくるようだ。どうやらここに来て、また新しく、〝人と会う″という趣味をみつけたようだ。

 今、目下の悩みは、文章が机の上でなく、自転車に乗っている時しか浮かばなくなってしまったこと。せっかくいい文章を考えて来ても、編集室の椅子に座ってしまうと何事もなかったように忘れてしまう。そういう時は外で誰かが僕と会いたがってるんだ、と楽天的に考えてしまう毎日を送っているのである。

 鎌倉生まれの67歳。現役時代には機械の設計図会社で活躍。帰路は酒屋の前をツバを飲みながら通る無類の酒好きだったが、今は編集室の“図書館”の本を片っぱしから読破する本好き。当番の月曜日にはなぜかパン1斤を土産にくださる人

     マイナスをプラスに

      製図や  平岡 竜之(日吉


 「ここで〝あの東急の機関誌〟『とうよこ沿線』をつくっていたのかァ!」と新しい発見をしたような嬉しい気分でいつも編集室の前を通っていました。バックナンバーを求めにそのドアをあけたのが、去年の219日、会員番号81番でした。

 そこで驚いたのは、この雑誌が素人の沿線住民の手でつくられていることでした。何か摑まえたような気持ちになりました。5年前糖尿病で1カ月入院、3年前には心不全で20日間入院、これですっかり消極的になってしまっていた私でしたが、「こりゃあ、いかん」と強烈なショックを受けました。

 ちょうどその時、編集室が2階へ移転する準備をしていました。岩田編集長がみずから殆ど一人で2階の天井や壁面をペンキ塗りしてしまったのにはびっくり……。それから続々入会してくる若い人たちがズブの素人なのに何事にも憶せず挑戦するのは、やはりリーダーの姿を見ているのだ、とこの時うなずけました。

 私の仕事は、月曜日当番。1週1日編集室へ行くことは、生活にケジメができ、変化が生まれます。将来も病気というマイナスをプラスにするよう頑張らねば、と思う日々。

 シチューの食べすぎ(?)で堂々たる体躯の80キロ。あだ名「ハザマッチ」は、中学時代の昨年、神奈川区中学水泳大会でバタフライ優勝の記録を持つ。
 編集室では目上の会員とフランクに言葉をかわせない“目上恐怖症”。県立鶴見高校
1年、15歳。

          

     いきなりですが……

         県立鶴見高1年  狭間 良二(白楽



 オットー、いきなりすいません。会員番号69番のハザマです。ぼくは、ほとんど〝いきなり〟です。入会の時もだれかと一緒にではなく、いきなり一人で編集室へ来ました。

 初めはなかなか積極的になれず、「つまんないなあ。やっぱりやめておけばよかった」なんて思っていました。でも今は、やっててよかったと思っています。

 みんなが協力して1ページずつ、企画し編集する。ぼくにはできないことですが、印刷代などいろんな経費に見合うよう広告集めもする。今度は出来上がった本を本屋や売店まで運ぶ配本の仕事もある。これらのことは、ハッキリいってつらくて、苦しいことです。

しかしこの大切な本を読んだ友だちなんかが「お前、出ていたなあ」「あそこが面白かったぜ」なんていわれると、すごくうれしい。そうすると、またハリが出て、雑誌作りがますます面白くなってきます。もうこうなると、スタッフのみんなとも知り合いになり、やめようなんて考えなくなります。

 最近編集室には学生部もできました。学生のみなさん、ワァーと賑やかにやりましょう! そして学生のページ「え★なあに?」を、ずーっと愉快でタメになるものにしましょう!


         延べ2333名登場の

   編集の音(抜粋)

    は本号から参加した会員です。





何の因果か1月からPR誌等の編集をする会社で働くことになりました。『とうよこ沿線』の編集室に来てなかったら、きっとOLさんになってまた別の人生を歩いていたような気がします。そしたら今ごろ……。
(田園調布・?の卵・中島雅子)






「浅ましや 角栄病めばあたふたと 金づるのボスを探し始める」――近詠一首。
かつて「本学からは一人の代議士も出していないのを誇りとする」というユーモアクラブのセリフのあったのを思い出した。
(武蔵小杉・自由人・天笠伝次郎




都立大学特集以来、だんだんと、『とうよこ沿線』をやっていることが友達にもバレてきてしまった。「ねえねえ、なんで本に出てるのおー」ってな具合。全く有名人はつらいなあ!?
(都立大学・晴れて高校生・吉野嘉高)





りっぱな町ですネー田園調布は……。現在の木造2階建て6畳の自分のアパートとはちがいますネー。一度でいいから、ああいう家に住んでみたい。まア一生かかっても無理かナー。
(武蔵中原・学生・末永芳秀)





今、何故か「横浜」にこだわる人が増えてます。横浜だけの音楽、演劇、ファッションの街を作り出したいと若い人達が動き出しました。あなたもこだわってみません? もう一つの「横浜」に。
(妙蓮寺・横浜ってなーんだ・須藤優子)






メンバーになって1年余り、毎号の特集スタッフに加わり取材して歩くうち、この沿線の諸情報をいろいろ知った。今までとはまるで視野が変わってしまったような気がする車窓の景色です。
(元住吉・石野ひでお)






はじめまして、この度新人会員として入会しました。最初の仕事が、天ぷら屋さんで大食い競争らしきものにトライするという人間ばなれした事でした。今後も、何事にもトライしていきたいです。
(鵜の木・自由人・浜田充宏)





近ごろ、バイクで毎週のように出かけている自分。ミニバイクで遠乗りすると、なさけなくなりますが、お金の無い自分は、それで精一杯です。
(日吉・高校生・磯野幸治)





どうも老けて見られていけない。初対面の人、誰しもが「2526歳くらいかと思ったぁ……」。この春、ようやく成人したばかりなのに――この見かけと精神年齢のギャップは何なんだ?
(祐天寺・学生・一色隆徳)





家の恥をさらすようだけれども、僕の部屋は雨洩りがする。机の上に落ちてくるとノートなどがグシャグシャになる。今年も梅雨が近くなってきたなあ。
(奥沢・高校1年・数野慶久)





休みを利用して韓国へ行ってみたいと思います。だって、今私が持っている東洋のイメージは日本だけですもの。それに最近テレビで始まった韓国語講座を見るたびに、ますます惹かれてしまいました。
(日吉・仏語講師・丸山アルメル)






東横沿線住民のための京急沿線ガイド①金沢八景――。
「金沢八景」とは、洲崎の青嵐、瀬戸の秋月、小泉の夜雨、乙艦の帰帆、称名の晩鐘、平潟の落雁、野島の夕照、内川の暮雪をいう。もう90字か(続く)。
(大倉山・図書館職員・桑原芳哉)





その八景を右に見て行けば金沢埋立地。この本が刷り上がる頃、我が工場はその突端に移転のまっ最中。風光明媚は結構だが、横浜市南北縦断通勤は悩みの種。工場長曰く「昼休みの釣りは禁止にしよう」
(日吉・会社員・辻村 功)





5行90字の「編集ノートも28回目。数えてみたら2520字にもなる。積もり積もればちょっとした短編小説。でも一度に原稿用紙7枚書くなんて、私には出来っこないわ。女流作家(?)にならなくて、あぁーよかった。
(編集室・鈴木善子)





何か変わったと思ったら、そう、あの綱島街道の椎の木が影も形もなくなってしまったのです。あーショック! 4月からこの道も通らなくなって、今、高校生です。ちょっぴりさびしいです。
(妙蓮寺・高校生・福井章子)





先日、渋谷から乗った東横線の中で声をかけた外人カップル、なんと日吉に住んでるんですって。「暇なときには遊びに来てくれ」なんて言われてうれしかった。こんな突然の出会い、好きデス。
(日吉・会社員・田岡秀樹)





どうも飲んで酩酊して電車に乗って寝こくってしまうと、どうも無意識に乗り換えてしまうらしい。過去に2度、渋谷――北千束、武蔵小杉――西小山。東急の鉄道地図を思い浮かべていただきたい。
(自由が丘・鉄道会社員・西野裕久)




幼稚園のときはデザイナー。小学校のときはお医者さん、そして漫画家。中学校のときは舞台役者にロック歌手。で、今は手品師。私の将来の夢、たくさんある。果たしてどんな職業につくのかな?
(妙蓮寺・高校生・中岡奈津美)





会社で働いて給料もらえば、車買って、遊びに行って、贅沢な暮らし。うん、独身貴族の仲間入りだい! なんて考えは、やっぱ現実を全く無視した、甘い想像の世界なんでしょうな……うっく!
(武蔵小杉・会社員1年生・戸次政明)




一人暮らしを始めて丸8年。引越しの整理をしていると、なぜか、小学生の時に母が作ってくれた三角定規入れと、カスタネットが出てきました。捨てられずに箱の中へ。いろんな思い出にサヨナラです。
(江東区大島・加賀(旧姓久保島)紀子)





あ-つかれた。やっと学生部のページ「名物先生」の文章を書き終えた。せっかく800字で書いて来たのに、デスクキャップのこわーいおねえさんに、「350字位にまとめなさい」と言われて、命がけで書きました。
(田園調布・高校生・磯野 猛)





入会してまだ新しい私ですが、いろんなことを学びました。特に広告協力店を見つける仕事は想像以上に大変でした。何か一つの専門分野を持っているってことほ、尊敬されますネ!
(自由が丘・調理師・福井稔和)




卒業式の前にお別れ会。歌、劇、演奏、授業中みられなかった子供たちのすばらしい個性。涙を流し、おなかをかかえて笑って「大人になった時、あの時は楽しかったと思い出したい」と終わりの言葉。きっと……。
(大倉山・主婦・長谷川千恵子)





創刊2号に私の日記が紹介されて、「日記王」の称号を受け、ギネスブック、NHKラジオ、そしてこの3月にはTVKテレビに出演。先日は御岳山に登り、御嶽神社に参詣。本社前には彫刻家・北村西望氏の狛犬が出来る由。
(武蔵小杉・まだ83歳・小林英男)




春になると、暖かくなります。春になると、眠くなります。春になると、どこかへ行きたくなります。春になると、心が騒ぐのです。そんな春だから、いろいろなものがひときわ輝いて見える気がします。
(新子安・会社員・羽根宏子)




先日、会社の友人から結婚式の招待状が届いた。あいつは、一生独身か、かろうじてお見合いでなどと思っていたら、今度は、自分が色々あって別れてしまった。私に春が訪れるのはいつのことか。
(戸越公園・会社員・山内順一)






好奇心の『カタマリ』は、まだろくすっぽ仕事らしい仕事にたずさわっておりませんが、取材で産婦人科を覗いただけですでにドッキリ! 今後未知に向けて、ますます『カタマリ』を大きくしていきたいです。
(等々力・学生・中川典子)




編集室からの帰り道、疲れたニャーとふと見上げた空にはもう夏の星座たちが、俺たちが一番なんだっ!って精一杯キラめいています。 ん! 明日もガンバってやるっきゃない。
(綱島・青年・高田信治)





夜遅く帰宅することが多いせいか、よく、故障してバイクを押して歩いているライダーを見つける。大体声はかけるけど、ほとんど僕の手に負えず、そのまま別れる。「期待させてご免なさい」
(川崎・大学生・岸 知博)





ミーハー女子大生と私の会話。「どこに住んでるの?」「東横線」「えーっ! 自由が丘とか田園調布のある東横線? わあ、カツコイー」。すかさず私は言います。「東横線で一番キタナイ町だよ」
(反町・学生・五月女恵子)






















 編集室の『記楽帳』、ついに40号の大台を突破、もうすぐ50号に……。
 創刊1周年を過ぎた5610月のスタート時は、すれ違いの多い会員同士の連絡簿だった。それがいつの間にか、これに味を加え、ちょっとした日常の随筆や社会時評、小旅行記、告白記事などまで書いてある。さらに書き手が少年少女から83歳の人生の大先輩までだから、まさにこってりとしたオジヤの味……。

 ときに来客が「『とうよこ沿線』より、よっぽど面白いですね」なんて、その雑誌の編集発行人に面と向かって言うこともある。こんな記楽帳をお読みになりたい方は、どうぞ編集室で。
 ※詳しくは岩田忠利のサイト「いくつ峠を越えたかな」をどうぞ!

(編集発行人・岩田忠利)



『とうよこ沿線』の生きた歴史、84冊の『記楽帳』の一部
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