編集:岩田忠利/編集支援:阿部匡宏/ロゴ:配野美矢子
NO.509 2015.03.06 掲載 

        

   追跡! 地域問題
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   沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”

   掲載記事:昭和59年12月1日発行本誌No.25 号名「栗」

 沿線の緑を取り巻く環境――港北区箕輪町の場合――


           林 多有太
(公務員 三鷹市)



右に樹木がうっそうと茂る箕輪町の丘。東横線の電車はその丘の下の田んぼを横切り、日吉駅ホームへ…

 私は、36年間、東京から横浜に通勤して、その殆どを東横沿線の風景とその移り変わりを見てきた一人である。都市化、宅地化の進む中で、車窓からの緑が保存されているところがある。それは、日吉〜綱島間の緑ではなかろうか。

 以前、昭和30年代には、菊名〜大倉山間は見はるかす稲田の先に、丹沢連峰を前景にして、富士山がくっきりと浮かびあがって、朝、夕の通勤の眼を楽しませてくれた。私はこれを大倉山穀倉地帯として、この眺めを限りなく愛してきたが、今や建物が立ち並び、屋根の波を見るばかりである。

 それに対して、今でも見られる、綱島から日吉の丘に向かう途中の緑の山ふところの風景は、まるで箱庭のようで、限りなく懐しく感じる。

 これからも、東横線沿線の宅地化、都市化は進む一方であろうが、港北ニュータウンの造成計画のように、緑の保全に最大限の努力が払われて、識者の御努力により、いつまでも、この緑の最低限の基本線(ミニマル・エッセンシャルズ)は確保されて、通勤者の眼にやすらぎを与えてほしいものである。


          編集室から!
 

 箕輪町一帯の緑はまさに小京都のよう…

 東横線沿線も開発が進み、緑を楽しませてくれるところは、数少ないわけです。そこで今回のホットラインは、沿線の緑について特集としてとりあげてみました。

 さて、沿線の緑の中でもとりわけ印象的なのは、林さんも書かれておりますが日吉駅から電車に乗るとすぐ右手に拡がる緑ではないでしょうか。なぜなら、日吉という街から、ほんの少しで、あれほどの緑が未だに見られるからです。
  そこで、この一帯の緑を取り巻く状況を調べるべく、取材者の私は足を現地へと運んだのでした。

 さて、この地区、地名で示せば箕輪町諏訪下という訳ですが、どのような所なのでしょうか。
 下の図を見てください。日吉駅を降りて、商店の並ぶ普通部通りを抜け、住宅街になると、正面に小さな道が見えてきます。これが諏訪下へと続く小道。ここまで駅から歩いて7〜8分の所。

  さて、樹木が鬱蒼と茂り、昼でも薄暗い小道は途中階段になっており、車は絶対に入ってこられません。階段を降りると、前方に田や畑が一望できる、すばらしい光景が突然目の前に広がります。道端には今どき珍しい小川が流れていて、透きとおった水は清水とのこと。横浜市の市街化区域で、全く手のついていない市道としては最後だという。この幅の狭い道をゆくと、右手に立派なお寺が見えてきます。
 これが、今回最初に伺った、大聖院です。



作図:伊奈利夫

 
  緑を保護する二つの制度

 500年以上も昔からの古刹である大聖院のご住職、多田孝文さんのお話では、
 「別にここの緑は、不売運動をやって残ったという訳ではありません。ただ、横浜市の緑政局の『緑地保存地区』に指定されているので、維持できているのではないでしょうか」。

  ここで耳慣れぬ「緑地保存地区」なる言葉について少し調べてみました。
 この「緑地保存地区」は、「横浜市緑地保存特別対策事業」の一環として施行されているもので、「保存すべき緑地を指定することにより、民有緑地を保存(条文より)」しようというもの。内容は、土地所有者の申請によって、10年間の契約期間中は、建築物の建造、宅地の造成、木材の伐採等が禁止される代わりに、一旦納入した、固定資産税、都市計画税が報奨金として戻ってくるという恩典があるのです。

日吉駅から近い箕輪町だと、表示価格は20万円前後、税金の重荷は大変なものです。ですから、この制度が緑の維持に貢献しているという、ご住職の話も首肯できます。
 また、山林と合わせて、眼前の水田が一層の美しさを引き立てていますが、この水田もまた「長期営農継続農地」という舌をかみそうな名前の制度により保護されています。これは、やはり10年間農耕を続ければ、都市計画税と固定資産税が免除されるというものですが、逆に売ろうとすれば、利子を付けて免除分を返納せねばならないという罰則も設けてあります。ですから、都市近郊農家の高額税金の軽減を目的としながらも、緑の保護の一面ももっているのです。

 税制の問題は、なおも……

 さて、この緑は、税制面での保護によって維持されている訳です。
  しかし、ご住職のお話をさらに伺えば、
 「気持ちの上では、ここの人も緑を残したいと思っているのではないしょうか。しかし、次代の方に相続される際には、現在のまま維持されるのは難しいかもしれません」と言っておられます。大聖院については「裏山が境内地となっているので、当分は残るでしょう」とご住職は言っておられましたが、一般の地主の方にとっては、相続の時点が大きな関門となることが予想されます。
  元名主で箕輪町内会・会長の小泉彌一さんも、「緑を残せと言われても、税制の問題が解決されなければ」と強く述べられていましたが、依然として近郊の緑はまさに存亡の危機にさらされていると言えます。



この素晴らしい緑の景色、いつまで眺められるのか…

 毎月、俳句の会のグループが訪れたり、幼稚園の園児が散歩に来たり、ジョギングのコースになっている、この一見静かな一帯も、嵐の前の静けさとも言えるのかもしれません。
 水田に立っていた案山子に、この次来る時にまた会えるようにと祈念して、取材を終えました。

    取材・文:西野裕久 / 写真:一色隆徳




 

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