編集:岩田忠利/編集支援:阿部匡宏/ロゴ:配野美矢子
NO.490 2015.02.22 掲載
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 そのひと言を…
 
 キーワードは「ありがとう」
              

   沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:平成元年4月1日発行本誌No46  号名「栂
(つが)」

    文:小松(現・長尾)ゆかり(最寄駅大岡山)


 

 あまり自分では認めたくないことですが、ミーハーの私は芸能人とか流行作家といった類の、いわゆる有名人がどうしても嫌いになれなくて、自分が乗務している便に女優の誰某が乗っている、と聞くと、たとえば飛行時間45分・悪天候・満席などという超多忙フライトの合間でも万難を排して見に行くのです。そして帰るやいなや大親友の、しのぶちゃんに得意満面報告します。

「今日ね、女優のAさんに会ったの」「あら、そう。で?」
 こういう報告になれている彼女は落ち着いたもの。
「うん、すごく綺麗で、それに感じいいのよ。バッグ落としたのを拾ってあげたら、『ありがとう』ニコって…」
「……呆れた。誰だってそれくらい、言うでしょうにね」

それでも私は大満足で、「役得、役得」とほほえみながら、ふと「でも、そうかな?」と思いました。誰だってそれくらい言うかしら……?

   お礼を言えない日本の子どもたち

 飛行機にお子さんが乗ってくると、私たちは必ずオモチャを差し上げています。プラモデルやトランプといった、どの航空会社でも大した違いのない小さなもので、それをスチュワーデスは「はい、どうぞ」とか言いながら、とびきりの笑顔で手渡します。
 でもこの時、お母様から促されることもなく即座にお礼の言える子の、なんと少ないこと……。大抵は無言で受け取り、ご両親に「ありがとうは?」などと言われると益々うつむいて、このお姉さん、さっさと行ってくれないかなあ、なんて目で私を見ている。

 ところが、外国人のお子さんは、例外なく自然に「ありがとう」が言えるのです。浅黒い肌に整った目鼻立ちのインドの美少年や、金髪碧眼のアリスみたいな女の子に、ニッコリ、或ははにかみながら「サンキュウ」とやられると、もうこちらはメロメロ……。



イラスト:柿谷伸至

 礼だけではなく挨拶も然りで、「こんにちは」「さようなら」の呼びかけに応じてくれる日本人の子供は、本当に少ない。

「三つ子の魂百まで」……といいますが、これはどうやら多くの日本人乗客にもあてはまるようです。たとえばお降りになるお客様をお送りしながら、私の前を通る23人向こうに目を遣ると、意外や好奇心に溢れた視線に出食わします。「あれ、あの娘は僕の担当じゃなかったかな、美人かな……?」。
 それがいざ私の前に来ると、見事に無視、中にはそっぽを向いてしまう方まで――。もちろん、お客様の期待にそえなかった私の容貌にも多少の責任はあるとしても、それにしてもあんまりだと思いませんか? 

 外国のお客様となると、これはもう開放的といいますか、私が他に気をとられたりしていますと、
 「ありがとう、いいフライトだったよ」
 と先手を打たれることもしばしば。

 要するに日本人というのは非常に内気な国民で、このような違いも国民性に起因しているものなのでしょう。時に欠点になり、時には奥ゆかしさと呼ばれます。
 
 こうした魅力ともなり得るこの国民性を、私はある意味ではいつまでも大切にしていきたいと思います。とはいえ、たかがひと言、されどひと言、内気なために日本人がなかなか口に出せないそのひと言が、サービスに携わる人間の心に大きな活力となって響くことも確かです。
 [仕事をしていて一番嬉しかったことは?]というアンケートに我が社のスチュワーデスの多くは、[お客様からねぎらいの言葉をいただいた時]と答えています。

 ちょっとカッコつけて言いますと、有名人に限らず一人一人の大切なお客様のひと言をいただくために私たちは仕事をしているのかもしれません。とくに若き独身男性諸氏(必ずしも若くなくても良いのですが、私の願望としては…)そこから思わぬロマンスが生まれないとも限りません。
 そうです、お客様、どうぞそのひと言≠……。それがあなたの旅をステキなものにするのです。









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