編集:岩田忠利/編集支援:阿部匡宏/ロゴ:伊奈利夫
NO.483 2015.02.19 掲載

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NO.    高島 厚子さん

              武蔵小杉 「薔薇の樹」

   沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:昭和59年7月1日発行本誌No.23  号名「桐」


    文・イラスト/畑田国男(漫画家) 写真/一色隆徳 


    高島 厚子           (牡羊座・A
 
北海道生まれ。織田着物専門学校卒。
 昭和29年上京し結婚。東京衣裳きもの学 院・学院長。
  妻・母・学院長の一人3役のうえ、川崎 市民プラザ・カルチャースクール、中原 市民成人学級、ザ・エルシイ・カルチャ ースク−ルの各講師のほか、結婚相談所 、ライラック研究会をそれぞれ主宰。





 
高いから売れない。売れないからまた高くなる。こんなイタチゴッコを繰り返している間に、私たちの着物離れは進んでゆく。
 反面、着付け教室は大盛況。特にこの武蔵小杉には各種教室が5つ以上あり、東横沿線では着付けのメッカといわれている。
 この道15年、師範クラスを100名以上世に送り出してきた高島厚子先生は素敵な女性、との噂を聞きつけ、早速デートを申し込む。
 和服の似合う女性がなにより好みのこのボクは、紋付きに羽織、袴で決めようとタンスから引張り出してはみたものの、着付けができない。仕方なく、いつものGパンTシャツ姿で、武蔵小杉駅の東横線口からすぐの薔薇さんへと駆けつけた。
           ▲△◆
 去年から始められた「お色直し着付けショー」が大好評のようですが……。
 「はい。私、常々最近の結婚御披露宴に不満がございました。お色直しのたびに、花嫁さんはひっこんでしまわれる」
 そう。ボクは人の披露宴が大好きで、買ってでも出るようにしてるんですが、同感です。大体、2回はお色直しをするでしょう。1回25分として、50分。つまり披露宴の半分は主役不在の宴になってしまうわけ。ポツンと一人とり残された新郎の間抜けなお顔ばかり見させられるんですよね。

         死ぬまで女でいたい…

 「でしょう。ですから私がいたしますのは、列席のお客様の目の前で花嫁さんのお色直しを実演いたすわけなんです。掛下をサッと脱がせて、振袖をパッと羽織らせ……」
 え? 花嫁が満座の前で長ジュバン姿をさらすのですか?
 「そこは手際よくいたしますから、見えても肩がチラリ、一瞬。『最愛の彼の前でお色直しを』が謳い文句なんですよ」
 チラリ、一瞬にせよ、かなり男心を刺激する、結構な趣向だと思う。本来、結婚の披露宴たるものは色気あふるるものでなくてはならない。
 厚子さんは幼少時から人前で歌ったり踊ったりするのが大好きなオテンバだった。
 現在主宰している「きもの学院」にも、着付け科と並んで役者の舞台衣裳着付けのプロを養成する「時代着付け科」がある。
 お色直しをショーアップしたこの企画も、彼女の芝居心の現われなのでしょう。
 着物姿でお弟子さんを連れ、六本木のディスコに出没することも多いとか。
 「どんなにフィーバーしちゃっても“ゆったりしていて着崩れないのが高島流”だから大丈夫」と、とにかく明るくさっぱりした魅力的な女傑である。

 ご指名のケーキはタルトタタン。リンゴがいっぱいの逆さアップルパイ。甘みを殺した素朴な酸味は、北海道出身・かつてのリンゴ娘、厚子さんにピッタリのお味である。
 ボクはクルミがいっぱいのクルミパイ。脂ぎった見るからに精力あふるるクルミ味は、中年男のボクにピッタリのお味、ではない!
 着付けが茶道や華道など、他のお稽古事と違うのは、先生と生徒が裸で付き合うところ。「お互いに着せっこをし、肌を触れ合いますから遠慮も気取りもなくなります」。こう言えるのもザックバランな彼女なればこそ。
 着物は性格を柔らかくする、といいますが。
 「はい。確かに、身体に色気が出て参ります。ジンクスめいたお話ですけれど、うちの生徒さんの中で不妊の方、何人も妊娠するようになられました。これ、本当ですよ」
 ジンクスではなく、ご主人が奥様の着物姿に発奮されるんでしょうね。きっと。



 厚子さんのモットーは「死ぬまで女でいたい」。
 いつまでも美しく着物を着ていられるのは、女としての緊張感を持ち続けているから、とおっしゃった。
 「それには始終、鏡を見ることです」
 時折、老人ホームで講演もなさるが、その時のテーマはいつも「おシャレ」。
 大勢のお年寄りを前に「毎朝、鏡を見て自分の一番いい笑顔を写してみて」と、説いている。
ボクも老人ホームへは何度か行ったことがあるけれど、とにかくあそこには色がない。男女の区別なく、灰色の重く寂しい空気が漂っているところ。
 彼女は老人ホームで 「振袖着付けショー」の実演をしたこともある。会場を振袖姿で歩むモデルを食い入るように見つめる老人たち、「うちのヒ孫も今年、成人式だったのよ」
 「あら。そんな大きなヒ孫さんがいらしたの。うちのはまだ15歳なんだけれど、早くあんなお振袖を着せてあげたいわね⊥
 「じつはワタシャ、昔、芸者をしてましてネ……」
 固く重かったお年寄りの口元がほころぶ。
 あんなにウキウキした老人の顔を見たのは初めて、とホームの職員も驚いた。
 厚子さん。「今度はね、うちにある役者の時代衣裳を持って行って、おじいちゃんやおばあちゃんに時代劇のモデルに扮してもらおうかと思ってますのよ」
 ここ「薔薇の樹」の店内には、生花やドライフラワーのバラが沢山飾られている。草の花である蕎薇、それをあえて「樹」としたのは、その美しさをより永く、という社長夫妻の願いから。
 厚子さんの願いも、これと変らない。
 バラの花に「なぜ」はない。バラの花は咲くから咲く。
 女の花にも「なぜ」はない。女の花は着物に咲く。だから、死ぬまで着物を着るのです。



  武蔵小杉
  カフェレストラン&バー「薔薇の樹」の巻

 川崎市中原区小杉町3441 第3有馬ビル  
 пF
0447118675
 昭和5812月オープン。姉妹店の「サブローザ」は昭和 47年にオープン。手頃な値段で供する本格的フランス料 理をアットトホームな雰囲気で楽しめる。
 
ケーキも本場仕込みの本格派。コーヒーはエスプレッソ 。BGMはクラシック。730〜はピアノの生演奏も。

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