そこへ、レピドールの名菓の数々がワゴンに乗って運ばれる。どのケーキも小振りで、シンプルなデザイン。おいしそー。
さて、どれにしようか、と目移りがして、なかなか決まらぬ迷い菓子。そんなボクを尻目に、貴恵さん、パッと抹茶ムースを指名する。
「私、いつもこれなんです」
思案の末、抹茶の緑にコーディネイトさせようと、ボクは黄色も鮮やかなフルュイ・ア・ラ・パッションにようやく決定。
「調和」の星は、やることに時間がかかっていけない。
「私、洋菓子よりも和菓子が好き。それもツブアンは嫌い。コシアンのネリキリじゃなくちゃダメ。半ナマも嫌い」と、なかなか厳しい中井貴恵さん。
味にうるさい彼女のお口にも、こちらの抹茶ムースは最高だとか。
貴恵さん、和食、日本酒党だともいう。
和服も好き。すると、すべて日本的なるものがお好きなわけ?
「いえ。それは、食べ物の嗜好だけです」
はっきりと釘を刺されました。
「日本の社会、それに芸能界は好きじゃない。とにかく、小さな世界に固執して、その中で自分が小さくなるのが嫌なんです」
偉い!
ボクなんか、食べ物は和洋日韓印からゲテモノまでなんでもこなすエセグルメだが、仕事面ではとにかく小さな世界、それも東京にこだわってアレコレ書き連ね、そんな自分に幸福を感じているというのに。
「いつ、どこの世界に放り出されても生きてゆける柔軟性とバイタリティ、これだけは持っていたい。だから、芸能界にはまったく固執していません。いつ女優をやめてもいいんです」
漫画に固執する男、一口ケーキを食べる。
パッション・フルーツのすっぱい風味、それに彼女の鋭い言葉が身にしみる。
ここで、レピドール・大島専務の話を思い出した。
「ケーキは世を挙げて甘味レスの時代。でも、甘くないケーキなんてナンセンスです。砂糖が味を固定して、おいしさを持続させるのですから」
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ケーキも、女優やタレントさんたちも、薄味にすっかり馴らされているボクたちだが、そんな風潮に迎合しない自信とガンコさが、「レピドール」にも、貴恵さんにもみなぎっている。
こんな貴恵さんのこと、男性に対しても好みはきっと厳しいのだろう。訊いてみよう。
映画「人生劇場」で共演した風間杜夫が素敵だという。
「風間さん本人は面目な家庭人なのに、犯罪者や変質者をやらせたら天下一品。この二重人格的なところが大好きです」
そうか。二重人格か。
残り時間はあと5分。これまで、今日は二の線で迫っていたこのボクだが、ここで急に変質者を装ってみたら、モテるだろうか?
やっぱり、ダメだろうな。
最後に一つ。父親に佐田啓二を持ったことについて。
「しょうがないでしょう。後に生まれた私がたまたま同じ世界に入っただけ。でも、そのこと自体、私、イヤじゃないです」
「レピドール」はフランス語で「金の麦の穂」。「金」は最高級。「麦」はいうまでもなく、ケーキの主要素材。
おいしいケーキ作りには数々の秘法がある。
しかし、最上の素材なくして、最上のケーキは生まれない。
田園調布に育ち、早稲田に学んだ、美と知に恵まれし中井貴恵こそ、素材は「金」。
さて、この逸材を上手に料理するのは、監督か、製作者か、共演者か。いや、やはり「料理は自分の手で」ですか?
「君の名は」の数寄屋橋いまはなし、「貴恵の名は」かしこにありき
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