「私の所に集まってくる男の人って、みんな暗いのよ。私だってたまには落ち込むことがあるでしょう。そんな時、『今日のかなえ″はつまらない』なんて言うんだから」
暗い男が彼女の周りに寄ってくるのは、よく分かる。蛾や虫が灯を慕ってやってくる、本能のようなものなのだろう。
かなえちゃんは、それほど、明るい人なのだ。
昔から、そんなに明るかったの?
「ううん。高校までは、まともだったの。東京へ出て来て、ある女子大に入りまして、そこの良妻賢母型の教育方針に反発してね。教師と大激論しちゃったのよ」
彼女の意見は入れられず、(そりゃそうだろう)その晩、かなえちゃんは一人酒を飲み、退学を決意した。
こうして8カ月の浪人生活の後、神奈川大学へ再入学。大勢のボーイフレンドに囲まれて、ここに太陽の子、かなえちゃんが誕生した。「脱皮したの」、というわけである。
現在、彼女は北山修さんと一緒にラジオのDJをしている。
医師薬大受験生を対象にした番組だが、彼女にも大勢のファンがいる。
ここで寄ってくるファンたちも、やはりネクラなのだそうである。
思いつめて自殺まで考えた一ファンに、彼女はせっせと手紙を書き、勇気づけてやったこともある。
「<血を見るのが怖いけど、どうしたらいいのでしょう>なんて相談もあるのよ」
困ったお医者さん候補生だが、彼女に言わせると、「甘えてるのよ」の一言。
「私、クラい人間に憧れてるの。部屋を暗くして、中島みゆき聴きながら日記つけてるんだから……」
いや、ちょっと想像できません。
「でしょう。みんなそう言うのよ。明るさと暗さ、暖かさと冷たさ、両面あわせた<シマシマ人間>なんだから」
ケーキが出てきた。
彼女は学生時代、このお店でアルバイトをしていたから、おいしいケーキをよく知っている。
かなえちゃんは、マーブル。ボクはチロリアン・ホワイト。
彼女、マーブルの横面を指差して、
「ね。チョコレートスポンジと白い生クリーム、それにチョコクリームが何層にもシマシマになってるでしょ。これがいいの」
苦味と甘さのハーモニー。これがかなえちゃんのお好みだそうだ。
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誰でも「お前はこうだ」と決めつけられるのは嫌なもの。彼女も「明るいだけのかなえじゃないぞ」と言いたいらしい。
でも、だからといって「悪女」ってのは、飛躍しすぎじゃないのかな。
純な男心をもて遊ぶ、みたいなそんな陰険なところがかなえちゃんには全く見られない。
「男を泣かせてきたって言うけど、自分が泣いた恋はなかったの? これからでもいい。そうすれば、少しは憧れのネクラに近づけると思うけどね」
「そんな相手、今んところいないもの。ね、ね。畑田さん、どう。ウハハハハ」
そこで笑っちゃいけないよ。
「でも、それはやめとこう。よしんば恋に落ちたとしても、泣きをみるのはボクのほう、30男、5番目の犠牲者になるのがオチさ」
さて ボクのケーキは、イチゴとビワを生クリームとスポンジで包み、上にホワイト・チョコレー卜が乗ったもの。甘味の薄いさわやかなケーキ。
「かなえちゃんの魅力は、シマシマのマーブルよりもこのチロリアン・ホワイトの味。どう、ひと口、食べてみませんか。悪女ブリッ子はもうやめて」
偉そうなことを言っているところへ彼女をよく知るチロリアーンの社長、山本さん登場。
社長の<かなえ評>。
「何回も挫折があったろうに、それを全く感じさせない。女一人でがんばっている。それでも、ホラ、ポッと出のお嬢ちゃんに見せるとこなんざー、たいしたもんですよ」
ドキ!
お店もまばらな夜の田園調布は、思いのほかに暗い。月も隠れる花曇り。
♪悪女になるなら 月夜はおよしよ
素直になりすぎる……♪
「一杯、飲んでいきましょうか」と、彼女。
「いや、今度、月の明るい晩にでも」
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