編集:岩田忠利/編集支援:阿部匡宏/ロゴ:配野美矢子
NO.458 2015.02.07  掲載 
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   沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”

   掲載記事:昭和60年4月月1日発行本誌No.27 号名「梓
(あずさ)

   おかあさん
      こっちむいて
   

  生方 由美子

 川崎市立下小田中保育園勤務
  管理栄養士
  横浜市神奈川区松見町

 「センセ、ぼくきょう、おひる帰りなの」


 子供たちは、昼帰りがとてもうれしいらしく、わざわざ給食室まで教えに来ます。私がちょっといじわるして、
 「あー、〇〇ちゃん残念だァ、きょうのおやつは、とってもおいしいホットケーキなのにな」
 と言うと、子供は一瞬困ったような顔をしますが、
 「でも、いいんだ。お母さんがおむかえにくるんだもん」
  あとはもう、どんなに誘いの言葉を掛けても耳も貸さず、帰りの支度に一生懸命です。

 きっと、いつもいつもお母さんやお父さんのそばにいたいのだろうな、と思うと、何だかいじらしくなってしまいます。
 乳児が母親から引き離されるのは、とても不安なはずで、泣き叫んであたリまえですが、慣れてしまったせいなのか、朝、親と別れる時も、平気でいる子供たちを見ていると、かえってかわいそうで、寂しい気かします。親のほうは、手が掛からなくていいわ、ぐらいにしか思ってないのかもしれませんね。

    3歳まではお母さんの手で


 児童憲章第2項に、<すべての児童は、家庭で、正しい愛情と知識と技術をもって育てられ、家庭に恵まれない児童には、これにかわる環境が与えられる)とあります。


カット:杉村みゆき(妙蓮寺)

 本来保育所というのは、保育に欠ける乳幼児のための児童福祉施設なのに、実際、通ってくる子供たちを見ていると、保育に欠けるというより、単に親が働くために預けられるケースが多いようです。

 それも、本当に生活に因っているなら話は別ですが、ほとんどは、自分の生きがいのためであったり、暮らしに潤いを与えるため、あるいは家のローン返済や、年金のため、というのが理由ではないでしょうか。

 中、高校生の非行化は、今や社会問題にまでなっています。小さい頃の澄んだ瞳は、いつの間にか無くなってしまう。「社会が悪い。学校が悪い。いや、子供が昔とは違うんだ」などと言われますが、果たしてそうなのでしょうか? 本当に変わったのは、私たち大人だと思うのですが……。

  子供が小さいうちに、今辞めるともったいないと働き続け、いざ子供か非行に走ったりすると、慌てて勤めを締めて、子供の監視をする。これでは全く逆です。

 せめて3歳までは、いつも傍にいてあげてほしいと思います。乳幼児期に、充分親に甘えることのできた子供は、親離れが早いと聞いています。それから後は、自分の一生懸命に働く姿を見せる、というのが本当ではないでしょうか。

   施設のいらない福祉が必要


 産休明け保育が、至る所でとり入れられてきています。一見、福祉の拡大のようですが、それだけ、子供が母親と接する時間が少なくなると思うと考えさせられます。

 ただ施設をつくれば良いというのではなく、施設のいらない福祉をめざしてもらいたいものです。そのためには、まず育児休業制度の徹底化を、それも何らかの形で3年間(その間の人員確保が大変なのは、よくわかりますが)、取れるようにならないものでしょうか。

 
福祉制度の問題も、親としての姿勢も、もう一度みんなで考え直してみる時だと思います。

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