トウキョウのシルバー・シート
上品で見事な銀髪に似合わず口の悪い先輩がいる。その先輩が「キミは背が高いからズルイよ」と私をせめたことがある。要するに、頭の真中がハゲているのに、背が高いがゆえに人サマには分からない。だからズルイ、というわけである。
その先輩と先日、バスに乗った。先に乗ったボクがバスの奥で待っていると、料金を払った友人がシルバー・シートの横を通った。その途端、若いサラリーマン氏がピョコンとシルバー・シートから立ち上がり、友人に席を譲った。ところが、譲られた友人はサラリーマン氏と顔を見合ったまま、シートに座ろうともしない。しばらくしてから、サラリーマン氏は諦めてまたシルバー・シートに座った。
これだけの光景から結論を急ぐわけにはいかないけれど、世の中には銀髪だからといって、シルバー・シートに座るのを潔しとしない人もいるのである。
アムステルダムの市電の中で
銀髪の老人がシルバー・シートに座らないばかりか、逆に若い恋人たちに席を譲るのを目撃したことがある。残念ながらトウキョウではなく、アムステルダムでのことである。
アムステルダムの市電は、トウキョウのように横長でなく、二人掛けで進行方向に向いている。立っている私の前に掛けていた老人が、私の隣にいた恋人風の二人に席を譲っている。ニコニコとしながら。
「若い時代というのは二度とないのです。お二人が仲よくアムステルダムの街を見物するのに、この座席は絶好です。どうぞお掛けなさい。遠慮しないて、どうぞ」。
|
|
若い二人は躊躇しながら、しきりと老人にそのまま座っていてくれるよう頼んでいた。けれども、結局二人は老人の好意を笑顔で受け入れ、二人掛けの席についた。
|

イラスト:三木孝二(目白) |
|
|
1年半のオランダ留学も終わりに近づいた私には、“アムスなまり”のオランダ語会話が理解できたらしい。今ではきっとムリだろうが。
ボストンの「メリー・クリスマス」
年寄りばかり肩をもつようだから、こんどは感心な若者をとりあげたい。ボストンでの話である。
クリスマスも近づいた或る日の夕暮れ。アパートの前の人通りのない街路で雪かきをやっていた。すると、かなたからヒッピー風の男がやってくる。こちらはヒッピーには関心がないまま雪かきに精を出していると、突然、「メリー・クリスマス!」という声がかかった。振り向いてみると、まさに先のヒッピーそのもののヒッピー君であった。
私が彼にどんな挨拶を返したか、今は覚えていない。けれども、アメリカではヒッピーですら(あるいはヒッピーだからこそ)、自分たちが住んでいる近隣の人びとを非常に大切にしていることが、異邦人である私にもよくわかった。
|