編集:岩田忠利/編集支援:阿部匡宏/ロゴ:配野美矢子
NO.451 2015.02.04  掲載 
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   沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”

   掲載記事:昭和59年1月月1日発行本誌No.20 号名「松」
 
 塀は住まいの

      ステイタス・シンボルか

  加藤 憲一郎

   住宅問題評論家
   横浜市港北区富士塚1丁目


  リスが樹木の間を飛びかう街


 アメリカの住宅地を歩くと、家々には、日本のようなブロック塀はもちろんのこと、垣根やフェンスもない。車道から歩道につながり、自然と住宅の庭にまでつながってゆく。郊外になると、歩道の樹木にリスが飛び乗り、家の庭の樹々へと跳びはねるという風景にしばしばお目にかかる。

 そう言えば、彼地で、ある建売り住宅を見たとき、そのパンフレットには、こんな言葉が見られたものである。
  「家の前の芝生はつねにきれいに刈っておくこと」「洗濯物は人の目にふれないところに干すこと」などと。つまり、自宅の敷地だからと言って、そこを勝手に使うのは止めようじやないかというわけである。アパートなども、バルコニーに毛布などを干していると、とたんに追い出されると聞いた。
 むろん、日本の街でアメリカ風にすることはきわめてむずかしい。第一、家の囲いについての、日本的な伝統がある。昔から、立派な家ほど立派な塀を設ける習慣があり、塀は住まいのステイタス・シンボルであったのだ。
    


イラスト:石橋富士子(横浜)


 

街の美観とブロック塀



 あるいはまた、塀にはそれなりの役割もある。その第一が防犯だろうが、そのほかに、プライバシーを守る目隠しとしての役割もある。とくに日本のように道路事情がよくないと、高い塀で、外側からの騒音や土ぼこりなどを防ごうという意図も起こるのだろう。

 ただ近ごろの、街の美観もまったく考えないようなブロック塀はいただけない。せめてブロック塀も、50センチほどの高さにして、その上をフェンスにしてはどうだろう、という風景にしばしばお目にかかる。ブロック塀のかわりにフェンスを用いれば、街の風通しもぐんとよくなるはずである。

 ブロック塀にも、その建て方には決まりがある。まず、その高さは一定の高さまでに決められている。鉄筋も入れなくてはならないし、塀の裏側には、ブロックを支える支柱も設けなくてはならない。それを怠ると、宮城沖地震のときのように、塀が倒壊して死傷者が出るということにもなる。
 ブロック塀のなかには、その上部にガラス片をギザギザに埋め込んだものもある。おそらく泥棒よけ≠ナもあろうが、こんな塀を見ると、むしろ泥棒にねらわれるんじゃないか、という気さえしてくる。

街をもっと開放的に



  私の住む妙蓮寺駅界隈は、幸いにも緑に恵まれたところだ。坂道あり階段あり、おかげで自動車の不便さはあるが、道を歩むには快適である。こんな坂道に沿う家々の庭が、ブロック塀なんかで閉じこめられずに、せめてフェンスや生け垣でかこまれていれば、街はいっそう開放的に、広々とした感じになるのではあるまいか。

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