編集:岩田忠利/編集支援:阿部匡宏/ロゴ:配野美矢子
NO.445 2015.02.02  掲載

 
 
   沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”

   掲載記事:昭和57年3月1日発行本誌No.10 号名「桃」
   ヒナ鳥の自立
  遠藤雅子(エッセイスト)

   日本随筆家協会会員
    横浜市港北区師岡町

 知人は都内に個人用のマンションを一室持っている。出版界の最先端で忙しく働く彼は、ときおりこのマンションの窓辺に腰かけ、外を眺め、休日のひとときを過ごすのが楽しみらしい。


 
親鳥の“子育て”




イラスト:素都満里子

 ある日知人は窓の近くに小鳥の巣を見つけた。どうやらタマゴをかえしているようす。間もなく数羽のヒナ鳥が誕生。親鳥は休む暇もなくえさを探しに出かける。知人は親鳥のえさの与え方、その分配法が見事なまでに公平であることにいたく感心していた。

 聞けば、親鳥は小鳥の黄色いくちばしの広げ具合で空腹度を推し測れるらしい。自然が配剤する恐ろしいばかりの知恵、それが物言わぬ鳥たちにまで受け継がれている話に私はうなってしまった。

 そんなある日、知人は異常な光景に出くわす。これまで疲れも厭わず、「子育て」に専念していた親鳥が、巣に戻ろうとする小鳥をたいへんな剣幕で追っ払っているのだ。凄まじいばかりの親鳥と小鳥の格闘が続き、その果てに小鳥はいずこへとも姿を消した。

 それも彼らの生きのびるための定めというのか。可哀いそうなヒナ鳥たちだが、考えてみると追われた小鳥以上に、そうせざるを得なかった親鳥の気持ちの方が幾倍も辛かったに違いない。



   日本の母親のしつけ


 ところで外国人と本音で語り合う機会に、よく親のしつけ法が話題に出る。彼らに言わせると日本の母親は一般的に見て、過保護であるばかりか、誤ったしつけをしていると指摘する。

 例えば最近彼らと乗り合わせたバス内の出来事である。揺れる車内で溶けそうなチョコレートを手にした子どもがいて、周囲の人は気が気でない。ついに最悪の状態が近づいた時、ようやく事態に気づいた母親、いきなり「運転手さんに怒られるから食べるの止めなさい!」と大声をあげ、一同を呆然とさせた。一体どうしてこの際「運転手さん」が引き合いに出されるのか、皆理解に苦しんだ。しかも、気を付けて見回すと、この種の間違った母親のしつけを再三目撃、実にやりきれない思いに陥ることがある。


       三つ子の魂百まで


 何とか「他人に叱られる」式でのしつけを止め、事の良し悪しを語り説いてやれないものか。そうでなければ、その子どもは将来、ルールや善悪にも正しい対応が出来なくなりはしないか、気になって仕方がない。と同時に出来れば個人攻撃の矢を向けることなく、その母親に誤まりを気づいてもらったり、そんなテーマで率直に語リ合える環境が本誌『とうよこ沿線』などを通じ育てられればと思う。

 小鳥の子育てにしろ、昔の人が残した 「三つ子の魂百まで」 の諺にしろ、子育ての成否の鍵は、どうやらその初期にありそうだ。とは言え、しつけにしろ、自立心にしろ、その時期に親の施した結果が出るのは幾年も後のこと。
 言って見れば、そろそろ「子育て」の忙しさから解放されているはずの母親が、まだ子どもの存在でそれを阻害されて初めて自分の播いた種の痛い見返りを思い知らされる訳だ。

 所詮、独立して生きて行かねばならない子どもである。その自立を厳しくもわきまえながらヒナを育て、冷たく追い払った親鳥の姿に哀しくも親のあるべき姿勢を教えられた思いがする。

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