編集:岩田忠利/編集支援:阿部匡宏/ロゴ:配野美矢子
NO.407 2014.12.08  掲載 

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 日本人の知らないこと、

         
ワタシ知ってる

 ――ローゼ・レッサーさん(ドイツ人)ーー


  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:昭和55年7月7日発行本誌No.1 号名「夏」

   取材・文:岩田忠利
   


自宅で北海道へ単身旅した体験を話すレッサーさん


 ローゼ.レッサーさん(72歳)の横顔

 
1908(和歴で明治41)ドイツ・ベルリン生まれ。同市のカレッジを卒業、21歳の昭和5年、日本各地の伝説を調査するため来日。以来51年、日本山岳界の権威者で著名な京都大学教授・高橋健治氏と恋愛、国際結婚のはしりとなり、日本に帰化。

 夫の病死後、終戦の動乱期を異国日本で飢えと偏見、女の細腕で生きるキビしさと侘しさと闘い、一人娘を育てる。そのかたわら、平和な世界≠フ連載に力を注ぐ。著書多数。

 ドラマを地でゆくような人生を歩む。72歳の今なお、執筆で国際的に活躍。その忙しさは美容院にも行けないほど。毎朝ジョギングとヨガを欠かさず、近くのご用は自転車で飛ばす。

 樹々の緑と花に包まれた静かなお宅(川崎市中原区小杉御殿町)をお訪ねした。波乱に富んだ人生、貴重な体験とは……。




        24歳の外国人女性の冒険


  51年前(1980年時。現時点では85年前)、ワタシ、日本に着いたのよ。友だちがみな、ラフカディオハーン(小泉八雲)の本を読んで日本に来た。友だちに引っ張られて、ワタシも日本に来ちゃった。

 そ、そ、まだ北海道が未開だった50年前(現時点では84年前)、外国人は北海道へは行かなかった。駐日ドイツ大使がワタシの北海道行きを聞いて、
 「そんなバカな考え、止めなさいッ。アナタの評判、悪くなるヨ。北海道は野蛮人の住むところ。まだ、婦人が行くことできないですよッ。外国人の住むとこ、外国人の店、ひとつもないッ」

 でも、ワタシ、わがままだから、北海道に行きました。
24歳のときです。アイヌ人の研究をしたかったですヨ。も、未来には、アイヌ人はいなくなると思った。

 ちょうど大水の年、9月でした。あの頃のアイヌ人、まだ日本語を話せない時でした。


        汽車に乗るのは、芸者遊びと同じ


  札幌で乗り換え、小さい汽車で登別へ、ポッ、ポ、ポ……と、ね。そして、その時大雨が降り、大水が出たから、乗ってる人がいない。ただ一家族だけが乗ってきた。オジさんが奥さんと子ども一人連れて……。まだ一度も汽車乗ったことない人たちみたいだった。

  汽車を怖そうに触っては、手を離す。やっと恐る恐る乗り込む。その4人の姿とっても面白い。こっちは、その格好をテレビでを見るようにジッとながめていたの。4人が乗り込み、座席にすわるのに15分くらいかかった。しばらく経つと、トンネルへ。黒い煙が入ってきたんですヨ。さあー、タイヘン……。

  「ワァー、ワァー」奥さんが大騒ぎ。子ども2人を座席の下に急いで隠してる。
 「窓、早く閉めて! 早く閉めて! 死んじゃう、死んじゃう!」
  ご主人に向かって大声で叫んでる。

 可愛想にその男。「ホッ、ホッ、ホ……」
  と、つぎつぎ飛び回ってドアーや窓ガラスを閉める。やっと窓を閉め終わると、トンネルも終わったんですヨ。

 今度はまた、その奥さん、
 「あー、暑い! あー、暑い! 死んでしまうから、アンタ、窓を開けなさいッ」

 忠実らしいその主人、窓を開けて回るのです。この線路は、やたらにトンネルが多い。
10カ所ほどあったネ。そのたびにその男が飛び回って、それを繰り返してた。
 やっとトンネルが終わって、駅に着く頃、その主人は私の隣にすわって、ハー、ハー、息を切りながら、こう言ったの。
 「汽車乗るの、ムズカシイですネ」

 当時、汽車乗ってない人、北海道にはたくさんあったですヨ。田舎の人たちは、汽車乗るのは芸者遊びみたいに思っていたんデス。



                      イラスト・板山美枝子(綱島)



     火事と間違われた懐中電灯


 北海道の田舎、そこの小さな宿屋に泊まった時のことですヨ。

 真夜中に、
 「火事だ〜ッ、火事だ〜ッ! 起きなさ〜い! 起きなさ〜!」
  女中さんが大声で怒鳴ってる。
  わたワタシ、びっくりして起きた。でも、火事らしい気配がない。すると、女中さんがワタシの部屋に威勢よく入って来て、ワタシの懐中電灯の前で、
 「フー、フー、フー」
 思いっ切り吹き消している。
 寝るとき懐中電燈をつけ、ワタシ、消すのを忘れたんでス。

 あの
50年前(★この記事掲載から35年後、現在85年前のこと)の北海道のニッポン人、みな懐中電灯のことを知らなかったんですヨ。

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