つぎの日、海は凪(な)いだので安心して船にのり沖合へでると、また、突風がおこり、波はさかだち、船はおしかえされてしまった。
なんどやってもおしかえされてしまう。
男は、江戸へ帰ることもできず宿で船出の日をまっていると、額の天狗が、
「あれほどにいったのにまだ四国へ行くというのか。わしは、ここの金比羅が気にいったのじゃ。ここにかかげるのじゃ。すれば、漁師の海難事故をふせぎ、大漁を約束する」
と、いった。
男は、かしこまって額の天狗に手を合わせて詫びた。そして、大綱金刀比羅神社に奉納したという。
たて1・5メートル・幅90センチの額の中の天狗だが、天魔もおののく顔で目をむいて海をにらんでいたというが、いまは、なくなって拝することはできない。
天狗は、羽うちわをもった山伏姿にえがかれているが、もともとは山の自然を見守り、その動きに山の心をみようとした人々のつくりだした日本的な山の神だったのだろう。そのため、きわめてけがれをきらい、山のおきてをやぶる者には、きびしい罰をくだした。
神奈川の浜にあり浦島伝説を伝えた龍灯の松(下の写真)も天狗の腰掛松といわれた。これを高島嘉兵衛がきこりに伐らせようとしたら、きこりの手がきゅうにしびれ鉞(まさかり)を落とし、しびれはとまらなかった。ほかのきこりにかわったが、その者もしびれて伐り倒すことができなかったという。
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