編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子
NO.322 2014.10.23  掲載

       


  筆者:アルメル・マンジュノさん


  フランス人(女性)・港北区日吉本町在住
  慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス・環境情報学部とNHKカルチャー・センターのフランス語講師

  家族連れ余暇の過ごし方(連載最終回)
         

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:平成6年5月10日発行本誌No.60 号名「櫨
(はぜ)
   


 

 南仏プロバンスの小さな港町カシス。その港を見下ろす丘の上に友人の別荘があります。一昨年に続いて、そこでバカンスを過ごさせてもらいました。

  前回は友人のフランス人夫婦2組とその子供達が一緒でしたが、今回は親しくしている若い日本人夫婦と7歳と4歳になる彼らの子供たちと共に過ごしました。時の流れを止めたいほど楽しい毎日でした。

  ただ、去年とは大分味わいの違うバカンスでしたので、家族連れの余暇の過ごし方について考えるきっかけになりました。




港町カシスのヨットハーバー



    或る日本人一家、南仏でのバカンス


  この日本人一家がフランスへ行くのは初めてとのことでした。言葉の通じない外国へ行くのは、日本人にとってかなりの負担でしょう。それにもかかわらず、プロバンス地方を発見″しようとする彼らの意欲と情熱には、私の方が感心させられました。
 奥様の方は、4月からテレビのフランス語講座を見て少しフランス語を勉強しておいたそうで、臆せず知っている限りの言葉を使って買い物をしていました。市場で、種類の豊富なプロバンス特産の蜂蜜を味見したり、東洋人女性の魅力にうっとりさせられた売り手のおじさんとやり取りするところなどは、ちょっとした見物でした。ご主人の方も、右側通行の運転にもすぐに慣れました。もっとも、一日目には私たちの肝を冷やさせるへマを何度かやらかしましたが、後になってみればそれも笑い話です。

 この名ドライバーのおかげで、ピカソの家をはじめ、あちこちへ足をのばすことができました。
 彼らにプロバンス地方の郷土料理をいくつか作ってみたところ、尻込みせずに味わってくれました。

  外国の食べ物も、日本人には苦労のタネでしょう。とくに南仏のものは、オリーブオイルや山羊のチーズ、どのソースにもたくさん入っている香りのきついハーブなど、癖のあるものが多いですから……。
 もちろん、彼らも時々は日本から持ってきたラーメンや即席オミオツケでひと息ついていました。旅行通の日本人は、日本食持参で海外へ出かける同胞にイヤな顔をするようですが、私は別に悪いとは思いません。それに、食べ物自体の取っ付きにくさのほかに、人や犬が鼻っ先を通るレストランのテラスなどでは落ち着いて食べられないということもあるでしょう。

  こうした些細なことはともかく、この友人一家の熱心さは、日本に来る欧米人にも見習ってほしいほどでした。それに、子供たちもまだ幼いのに立派な民間大使ぶりを発揮していました。




    日・仏、親の考え方の違い


  
さて、前回と比べてもっとも違っていたのは家族の生活リズムでした。一昨年一緒に過ごしたフランス人の親たちは、日中を子供たちのために使い、毎日きっちり予定を立てて海やプールや散歩に連れて行き、夜を自分たちの時間にあてていました。各夫婦が順番に子守をし、他の夫婦は、ミニゴルフ・ルーレット・ドライブインシアター・レストラン・ディスコ…‥.と夜遅くまで遊び回るのです。バカンス時の地中海沿岸は、大人の遊び場に事欠きません。

  一方、今回は10日間の滞在でしたが、日本人の友人夫婦がその間に子供抜きで出かけたのは一度もありませんでした。私は二人を喜ばせようと思って「夜は子供を見てあげるから、二人だけで二度目のハネムーン気分を味わってらっしゃいよ」と奨めてみました。ところが驚いたことには、二人は遠慮でなく本心からその気はないし、子供たちといる方がいいと言うのです。奥さんなどは笑いながら「どうせ二人だけで話すこともないし……」。
 私はそれ以上奨めませんでした。何か、日本とヨーロッパの文化の違いを見たような気がしました。

 私は別にどちらが良いとか悪いとか言うつもりはありませんし、これですべてを判断するつもりもありません。

  ただ、一般的に日本では、子供が生まれると妻は女よりも母になってしまうようです。母であろうとするから、ほんの数時間でも子供を他人に預けて遊びに行くことに罪悪感を覚えるのでしょう。
  夫婦の絆より母と子の絆のほうが強そうです。このせいで、おそらく日本にはベビーシッターのシステムが根付かないのではないでしょうか。それと同時に、離婚率がヨーロッパより低いのも、このおかげかもしれません。

  日本では、妻は子育て、夫は仕事と、それぞれが伝統的な役割分担を果たしているとちゃんとした夫婦とみなされるのに対して、ヨーロッパでは、子供を抜きにした二人だけの親密な時間を持たない夫婦は、夫婦と言えません。

 そんなヨーロッパの夫婦にとって、バカンスは二人の関係を見つめ直す絶好の機会です。日常生活から離れて、お互いの心の深いところにあるものを語り合います。「二人で話すことなんかない」と言われると「じゃあ、どうして一緒にいるの」と訊きたくなってしまいます。

  要するに、二人の結び付きが何よりも優先されるのです。それに、共働きの増加で妻も外の世界に興味を持つようになった現在では、以前にも増して夫婦の絆が大切になっているように思えます。




   夫婦間の会話を重視しない日本人は…


 
誤解のないように繰り返しますが、私は何の批判もするつもりはありません。二人で話すことなんかないから子供たちといるほうが良い、と言って私をびっくりさせた友人夫婦も、実にとても幸せそうでした。

  異なる文化を持つ者には奇妙に見えるからと言って、とやかく言うのは筋違いというものでしょう。また、こちらに来た外国人ならすぐに気付くことですが、日本人は言葉にあまり重きを置いてないようです。

  これは、分かっていることを省略する日本語に起因するのでしょうか。研究してみたら面白いテーマになるかもしれません……。ただ、日本人は寡黙だという説にはくみしません。
 日本人の女性が女性同士でいるときは、とてもお喋りだし、男性だって赤提灯で同僚と飲んでいるときは餞舌でしょう。会社の
OLやバーのホステス相手だと口数も増えて、ときにはおどけて見せたりもしているんじゃありませんか。

 ところで、子供のいない夫婦はどうしているのでしょうか。テレビドラマでは忘れられていますが、存在しないわけではないでしょう。子供のことを話題にできない分、かえって夫婦の会話は弾むのかしら 。

  一方、子育ての終わった夫婦の離婚はヨーロッパでは稀なケースなのに日本では増えていると聞いても、私はそれほど驚きません。子育てだけに生きてきた夫婦が、年老いて顔を突き合わせて暮すようになってからお互いに関心を持とうとしても難しいはずです。

最後に、国際結婚が珍しくなくなってきた今日このごろ、欧米人の女性を妻に持つ男性は、その夫婦の会話を絶やさぬようご注意を! 彼女たちは、お母さん役だけにおさまるタイプではありませんから。

 去年の夏は、私は随分多くのことを学びました。とくに、子供に対するときに必要な根気と気配りがどういうものか肌で感じることができました。じつは、この二つが普段の私に一番欠けているのです。

 日本人の友人夫婦のおかげで、去年のバカンスは楽しいだけでなく貴重な体験となりました。



南仏のカシスでのアルメルさん

              最終回にあたり

 この連載「不思議の国のアルメル」は、今回の36回が最終回になりました。1984年(昭和59年)10月からスタートし今年でちょうど10年です。皆さんには長い間お付き合いいただき、本当にありがとうございました。

理屈っぽいなあと思ったかもしれませんが、それがフランス人の欠点ですからご勘弁願います。
 また、事実誤認や見当違いの意見もあったかと思います。そんなことの指摘と合わせて、皆さんのご感想やご意見をお寄せくだされば幸いです。

  皆さんがこれからも健やかにお過ごしされることをお祈りします。ごきげんよう――アルメル

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