編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子
NO.321 2014.10.22  掲載 

       


  筆者:アルメル・マンジュノさん


  フランス人(女性)・港北区日吉本町在住
  慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス・環境情報学部と  NHKカルチャー・センターのフランス語講師

     日本の食器と食文化
         

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:平成5年8月31日発行本誌No.59 号名「椹
(さわら)
   


 
夏の訪れとともに思い出すのは、子供時代を過ごしたアルプス地方でのピクニック。おにぎりなどで軽く済ますのが日本式なら、バスケットに料理と食器一式を積め込んで出かけるのがフランス式です。
 母がそういう時に出してくる色とりどりの食器が今でも眼に浮かびます。



   日本の食器セットは、なぜ奇数なの?


  食器といえば、私は美しい日本のものが大好きです。デパートへ行っても、婦人服売り場より食器売り場の方へ足が向いてしまいます。
 あの魅力にはなんとも抗しょうがありません。陶芸を習っていたおかげで、数年前から日本の食器の良さに気付き始めました。私はあまり食通ではないので、中身より器の方に興味があります。
 家にもっとスペースがあれば毎年新しいものを買いたいくらいです。日本ほど料理と季節に気を配って器を選ぶ国は、世界広しといえども、そうないでしょう。それに、値段の高いものほど美しいというわけでもないのも有難いところ……。

 ところが、欲しいと思う食器セットに出合うたびに困ることが一つあります。
 これは欧米人共通の悩みですが、日本の食器がお茶碗にしろ、お皿にしろ、コーヒーカップにしろ、五つで一組になっていることです。6個か12個で1組になった西洋式になじんだ私には、どうも5つという数は座りが悪いのです。どうしてこんな半端な数にしたのかと首をかしげずにはいられません。欧米の友人を招待する、あるいは、その食器セットをフランスへ持って行くことを考えると、どうしても2組買わなければならず、全く不経済です。欧米では食器は偶数1組で売られています。



5個で1セットの茶碗

 というのも、食事といえば客、客といえばカップルと相場が決まっているからで、この倍数でないと具合が悪いのです。たとえ独身の人がいても、招く側は異性の誰かをもう一人招待して、全体のバランスをとります。

 一方、日本の食器が奇数で一組なのは、私なりの勝手な解釈ですが、まず何よりも家族用として売られているからではないでしょうか。お父さん、お母さん、2人の子供、そしておばあちゃん(または、おじいちゃん)からなる、いわゆる垂直型家族を基準に考えれば「5」という数字もぴったりきます。
 ご馳走とは、家族水入らずで楽しむもので、たまたまお客さんがあっても家族の和の中に迎えるだけで十分なのでしょう。お客さんが1人ではまずいのでもう1人だれかを呼ぶなんていう日本人にはお目に掛かったことがありません。




    招待の仕方も日・仏では違います


  外国人は「日本人はレストランばっかりで自宅に招いてくれない」とよく嘆きます。どうも日本では、自宅に招き招かれたりするのは親戚同士の付き合いのようです。
 もっとも、私は運よくお招きにあずかる機会がたくさんあり、いつも大喜びでお邪魔しています。とくに好きなのは、近所の方からの 「ナベするけど、どう?」なんていう肩の凝らないお誘いです。

 日本人は 「人を招くからには手の込んだ料理を振る舞わなければ」と考える傾向があり、とくに相手が欧米人だと頭から肉料理を奮発しなければならないと決め込んでいるようです。

 でも、そんな必要はありません。最近では、菜食主義者、あるいはそこまでいかなくとも、私のように殆ど肉を食べない人が増えています。それに、お金をかけた料理だけが最高のご馳走とは限らないでしょう。

 こちらの料理で私が気に入っているのは、おでん、すき焼き、お好み焼、寿司といった一品ものです。テーブルの真ん中にど〜んとあって、それをみんなでつつくと、こんなにも和気あいあいとしたムードになるとは知りませんでした。また、フランスでもこうした食事形式が広まりつつあるのは嬉しいかぎりです。

 しかしフランスでは、あくまでも自分で料理することにこだわり、日本のように気軽に店屋もの≠ナ済ませることはしません。「自慢高慢なんとやら」と言いますが、外で仕事を持っていても手料理でもてなそうとするフランス女性のエネルギーをちょっと自慢したくなります。もし来客が平日なら、簡単なもので済ませますし、もちろん夫も手伝います。最近のカップルは連係プレーもおてのもの……。

 東京のような巨大都市では、都市の中を移動するだけで疲れ果て、平日仕事の後で他人を家に招くなんて及びもつきません。こんなことも、日本人が自宅に招かずにレストランを利用したがる理由の一つかもしれません。
 それに、最近は世界中のエキゾチックな料理が食べられるようになり、なおさらレストランのほうが優勢なのでしょう。ちなみに、私は時々そういうお店に行き、味を盗んできては自宅でつくってみるのが好きです。エキゾチックなご馳走はいながらにしてその土地へ旅しているような気分を味合わせてくれると思います。

 外国で一人暮らしをしたことのある日本人男性が自宅に友を招き、手料理でもてなすのをみるのは楽しい限りです。私の友人の中には、マルセイユ風ブイヤベースの名人や、生地から本式にピザを作る人をはじめ、クースタースのできる人までいます。
 食事が終われば、後片付けはお客の私たち。一人がお皿を洗えばもう一人がそれを拭くといった具合に、みんなでわいわい言いながらやるのがまた楽しい。

 日本での人のもてなし方も、他のいろいろなことと同様、少しずつ変わってきているようです。初めに取りあげた5つ1組の食券セットもいつか偶数で1組になるかもしれません。また、若い人たちがカップル同士で招き招かれたりするようになるかもしれません。
 ただ、ここで問題なのは小さい子供をどうするかです。日本の親は子供に甘いので、お客さんがいようと傍若無人に振る舞う子供が多く(とくに男の子)、大人同士の会話もへったくれもありません。かといって預けるにも、日本ではベビーシッターの制度がまだ根付かず、おばあちゃんを頼るしかないのが現状でしょう。




    食事中はもっと“おいしい話題”を


 
日本料理とそれを盛る器には賛辞を惜しみませんが、食事の間の語らいにはしばしばがっかりさせられます。こちらではやたらとタブーがあって、政治、社会問題、お金、セックスなどはみんなダメ。いきおい話題は、野球、相撲、芸能界、ファッションなどの軽いものになりがちです。

 こんなことが気になるのも私がフランス人で、子供の頃から「何についても自分の意見を言え」と育てられたからでしょう。
 日本では郷に入っては郷に従うべきことは重々承知していますが、少しは紋切り型のやり取りから飛び出してほしいと思います。それに、私のような日本生活の長い外国人に対して相変わらず「箸は使えますか」、「納豆は食べられますか」、そして最も苛立たしい「日本は好きですか」といった質問を浴びせるのは止めていただけないでしょうか。
 大人だったら、やはりもっとおいしい話題≠ェいくらでもあると思いますが……。


 
                                 イラスト:肥後淳子(主婦・大倉山)
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