編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子
NO.320 2014.10.22  掲載

       

 
  筆者:アルメル・マンジュノさん

   
  フランス人(女性)・港北区日吉本町在住
   
 慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス・環境情報学部と  NHKカルチャー・センターのフランス語講師

    欧米を席巻したカラオケ
         

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:平成5年3月1日発行本誌No.58 号名「枳
(からたち)
   


 
そろそろお花見や新人歓迎会シーズンが近づいてきます。飲めや歌えのドンチャン騒ぎに欠かせないのがカラオケですが、この日本独特のお遊びがアメリカに続いてヨーロッパをも席巻しはじめたようです。

 今年の夏、フランスへ帰ってみると、カラオケを知らない人なんて一人もいないのでびっくりしました。それも、カラオケが日本語のまま通用しているのです。



    フランスのカラオケブーム


  もう随分昔になりますが、日本に来たばかりの頃、カラオケは恐怖でした。
 「せっかくフランス人がいるんだからひとつシャンソンでも聴かせてもらおう」と、いつも無理やりマイクを握らされ、フランス人の私も歌詞まではよく覚えていないような古いシャンソンばかり歌わせられたからです。中には題名も聞いたことのないような曲もあって、しどろもどろにしか歌えません。もっとも、あの頃は外人といえば下へも置かない扱いをしたので、拍手喝采はしてくれましたが、イヤでイヤでしかたがありませんでした。

  で、その手のお招きからは長年逃れていました。ところが今年のある夜、私があまり元気のないとき、ふらりと友人が顔を見せ、カラオケボックスに連れていってくれたのです。歌の上手な彼にリードされ、デュエットする楽しみを存分に。

  最近のカラオケ機械は画面に歌詞が出るので、文句を忘れても大丈夫。おまけに、今どこを歌えばいいのかまで示してくれるので間違う心配もなく、本当に痒いところに手が届くという感じです。一度ですっかり病みつきになり、今では日本のヒット曲を2、3曲レパートリーにしようと思っています。でも、自慢するほどの喉ではありませんが……。

 みかけによらずフランス人は、人前にしゃしゃり出て歌うなんて真っ平ごめんと思っています。そんなことはプロの仕事という意識があるからでしょう。結婚、洗礼、聖体拝領などで親戚一同が会食するときでも、自他ともに認める美声の持ち主以外は歌いません。人の迷惑を考えて本当に慎み深いのか、性格が少しひねくれているのか、私にはよく分かりませんが…。

 こんなわけで、去年の夏、フランスでカラオケが流行っているのを知った私の驚きといったら……!

 聞くところによると、不眠症に悩む落ち目の歌手が夜中に衛星テレビで外国の番組を見ていると、たまたま日本のカラオケ番組にぶつかったそうです。いっぺんで気に入った彼は、しぶるレコード会社を説得してカラオケ・ビデオ制作のプロデューサーにおさまったのです。

 すでにタイトルが用意されているとのこと。この夏は、ラジオ局がサント・ロペなどの有名リゾート地で大規模なカラオケ大会を催していましたし、テレビでも土曜日のゴールデンタイムにカラオケ番組をやっていました。



昨年夏、里帰りした時、フランス南部地方でバカンスを楽しむアルメルさん。「里帰り中だけで4キロも太ってしまったわ」と苦笑

 当初「カラオケなんて子供の娯楽」と見られていたようですが、プロの司会者(新商売)のいるカラオケ・レストランがあちこちにできた今では、楽しさを実感する人が増えています。テレビのカラオケ番組に出ていた若いお巡りさんは、カラオケに行って十分リラックスしてから勤務につく、と話していました。

  日本はその高い性能を世界に認めさせたステレオに続いて、この歌う機械を西欧に持ち込み、新しい宴会の楽しさを広めたのです。これは快挙です。




    日本人は歌が好きだが……


  
私は自分の授業でよくシャンソンを使います。選曲を誤らなければ補助教材として有効ですし、ご存知のように、歌はその国の心を伝えるものですから文化面での理解にも役立ちます。

やっていて感じることですが、日本人は非常に歌の好きな国民ですね。強制しなくてもレコードに合わせてクラスじゅうが声を揃えて歌ってくれます。詩をかみしめながら歌うみんなの顔からは嬉しさがこぼれんばかりです。
 これについては、フランスの曲をいろいろと揃えておいてくれる日本のレコード屋さんに大変感謝しています。それから、時々フランスのヒット曲をかけてくださるラジオ局にも。遠い異国で聞く母国語の歌に感謝しない人はいないでしょう。フランスに住む日本人の皆さんにはこうした機会が殆どないのを申し訳なく思っています。

 私は日本人歌手の歌うシャンソンも好きで、よく聴きに行きます。 みんな達者な歌い手です。フランス語で歌おうが日本語で歌おうが、別に構いません。かえって日本語のほうが有難いくらい。どんな日本語に訳されているのか知る楽しみがありますから。

 その一方で、日本人に愛されるシャンソンのスタンダードが『暗い日曜日』や『枯葉』などの暗い曲ばかりなのに、初めからちょっと違和感を抱いていました。 日本の歌手も翻訳家も、哀愁を基調とした演歌に最も近いシャンソンを選ぶ傾向があるような気がしてなりません。

 それほど古くないアダモの曲だって、有名なのは『サン・トワ・マミー』や『雪が降る』など、持ち歌の中の愚痴っぽい嘆き節ばかり。

 しかしシャンソンの主流はむしろ、明るい歌なのです。それ以外だと、いわゆるプロテストソングと呼ばれるものと、露骨なエロチックなものとがありますが、この二つは日本人向きではないでしょう。




     ダンスへ誘わない日本男性


 
まだ私がフランスにいた70年代、土曜日によく若者同士集まり、レコードを聴き、ギターを奏で、ダンスをし、詩を朗詠して過ごしました。友人の家で行うささやかなものでしたが、今も懐かしく思い出します。

 いつも不思議に思うのですが、日本ではこういう場合、必ず外へ出かけてバーやスナックでやるのはどうしてでしょう? クリスマスパーティでもそれは変わりません。それに、もうひとつ、日本人男性はマイクを握って歌うことには熱心なのに、私たち女性をちっともダンスに誘いませんね…(溜め息)。狭いスペースの住宅事情のせいでしょうか。それだけとは思えません。
 むかしロックンロールに合わせて踊るのが好きだった私も、長年こちらで暮らすうちに、どんなふうに踊ればいいのかすっかり忘れてしまいました!

 学校で英語を習い始めた頃、英語の響きが余り好きになれず、なんでこんなものを勉強しなくっちゃいけないのと思ったものです。
 ところが、数年前にエルヴィス(もう故人でしたが)に夢中になり、歌の意味が分かりたくて、英語をやる気になりました。英語は大して上達していませんが、エルヴィスは殆ど毎日聴いています。あの声を聴くと人生がパッと明るくなるような気がするのです。貯金して、いつかメンフィスへ彼のお墓参りに行きたいとさえ思っています。子供じみているとお笑いでしょうか。 

 でも、そうしたくなるほどエルヴィスの歌で幸せの気分にさせてもらっているのです。皆さんの心を温めてくれるのは、どんな歌やどんな歌手かしら。


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