編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子
NO.319 2014.10.22  掲載 

        

 
  筆者:アルメル・マンジュノさん

   
  フランス人(女性)・港北区日吉本町在住
  慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス・環境情報学部と NHKカルチャー・センターのフランス語講師

       わたくし軽井沢観
     

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:平成4年8月15日発行本誌No.57 号名「楊
(かわやなぎ)」
   


 
長年こちらに暮らしているので、もう日本中、行っていない所はほとんどないような気がします……そんな中で、何度行っても飽きることのないのが鎌倉と軽井沢です。

 夏にちなんで、軽井沢のお話をしましょうか。ここは、アルプス山麓の私の故郷を思い出させます。




     神の恵み、軽井沢


  箱根や那須をはじめ、東京からさほど遠くない避暑地はいくつもありますが、やはり私のお気に入りは軽井沢。ミーハーだからじゃありません。あそこへ行くと、たちまち故郷に帰ったような気がするからです。

 東京に暮らす欧米人にとって、軽井沢はまさに神の恵みとなっています。上野からたった2時間で(将来は多分1時間くらいで)信じられないほど爽やかな世界にたどり着けるのです。ここを最初に拓いたのがイギリス人だったのも偶然ではないでしょう。

  竹林の極めて日本的な風情を解せぬ訳ではありませんが、時々は、枝に鮮やかな緑をたたえた高い木々のそびえる林の中を歩いてみたくなります。そんな欲求を満たしてくれるのがここの唐松林なのです。

  軽井沢の自然には、荒々しさよりも人を包み込む優しさがあります。点在する別荘も周囲に溶け込んで違和感を抱かせません。また、外観にも内装にも歳月の刻み込まれた古いホテルは、歴史のあるものを好むフランス人を惹きつけずにはおかない魅力を放っています。思い返せば、私が先ず気に入ったのはこの歴史のある点でした。



      自由な雰囲気の中で


 
モノクロやセピアの写真が好きな私は、旧軽井沢商店街にある写真屋さんをよく覗きますが、そこに並んだ各時代の町の様子や訪れた人々の大きな写真を眺めて、時の経つのも忘れてしまいます。ここは、過去10年間のリゾート・ブームに乗り、突貫工事で造られた、けばけばしいリゾート地とは違うのです。

  あえて断るまでもなく、私は軽井沢ニュータウンのあたりには足を踏み入れたことは殆どありません。

 軽井沢の居心地の良さは、ここにみなぎる自由な雰囲気にあります。ドブネズミ色の服を脱ぎ捨てて、気ままなオシャレを楽しむ人々を見ただけで私はほっとします。また、屋外のベランダで食事をしても、通行く人から好奇の目を向けられることがないのは、日本広しといえどもここぐらいではありませんか。

  私たち西洋人は庭先へ出てみんなで食事をしたり、おしゃべりをしたり、あるいは、本を読みながら日光浴をしたりするとき、何か日本のマナーに反することをしているような後ろめたい気になってしまいます。どうしてこれが恥ずかしいこととされているのかよく分かりません。
 日本人だって桜の木の下でピクニックやダンスをするでしょう。同じことではないかしら……。ともかく、軽井沢では、他の場所よりもプレッシャーを感じることが少ないのです。

 私の目には、日本人もここでは普段と違って穏やかな顔をしているように映ります。道のあちこちで出会うこぼれるような笑顔からは、東京でのあの生気のない表情など想像もできません。これは、ただ単に空気の良いせいばかりではないでしょう。

 この自由な雰囲気と、自然との一体感を味わいながら興じるスポーツもまた格別です。夏のサイクリング、乗馬、山歩き、冬のスキー(普通のスキーと距離スキー)が私の定番。一日中、玉をひっぱたくテニスやゴルフには余り興味が湧きませんが、お好きな方のためには、すべて設備が整っています。また、こう思うのは私ばかりではないでしょうが、軽井沢はドライブしていて本当に気持ちの良い所です。

  もし小さな飛行機があれば、小型機の操縦も習ってみたいなんて思っています。外人の考えそうなこととお思いでしょうか?

 ところで、旧軽井沢商店街が原宿の竹下通りみたいになってきたと眉をしかめる向きもあるようですが、私は別に嫌な気はしません。便利な面も随分あるからです。腕の良い職人のいるパン屋さんやお菓子屋さんもあるし、衣料品なら、若々しくてオリジナルなものが東京よりも安く手に入ります。

 最後に食べ物の話ですが、ここには私の好物のソバをはじめ、ふるさとのアルプス地方を思い出させてくれるクルミやアンズ、そして豊富な山菜、さらに、祖母がむかし作ってくれたのと少しも変わらないスグリとリューバルブ(大黄)のジャムまであります。料理は余り作る機会のない私も、軽井沢ではクレッソンのポタージュや炊き上がってオーブンを開けるとき、プーンと良い香りが広がるフルーツのパイを作る気になります。




     別荘生活は贅沢ですか?


 
こんなわけで私は軽井沢が大変気に入って、来日したばかりの外国人の知り合いをよく連れて行きます。そこには私がするような仕事はないので住み着くわけにはいきませんが、2年前から友人とグループで小さな別荘を借り、5月から月まで殆ど毎週末を過ごしています。
 日曜日の朝、カッコーの鳴き声で目を覚ますようになって、人生観が変わりました。もう自然との触れ合い無しには過ごせません。
 もちろん、海の香りを胸一杯吸い込んで目を覚ましたいという方もいるでしょう。

 ところで、毎週いそいそと出かけて行く私を見て、日本人の友人たちはよく「優雅ですね」と言います。

  どうも私はすごく贅沢なことをしていると思われているようです。これには私の方が面食らいました。

 フランスは別荘を持つ人の割合が世界一高い国ですが、この世界一というのは、かなりの数の小さな荒屋(あばらや)みたいなものも別荘の員数に入れての話ですから、別荘が賛沢だなんて意識は全くなかったのです。それに、日本は今や経済大国で、毎年ブランド品の買い漁り海外ツアー″に出かける人が何万人もいます。別荘イコール大金持ち、という偏見は捨ててもいいのではないですか。買うのが無理なら借りてもいいし、賃貸が高ければ友人と共同で借りてもいいし、何か手はあるはずです。

 もちろん、軽井沢でなくてもいいです……。だれでも自然を楽しむ権利があると思います。あるときは一人で瞑想に耽り、あるときは友人と大騒ぎする場があればそれでいいのです。

 温泉旅行の気分とまた違って、別荘の気分を味わう人がきっと増えていると思います。それは結構、変化があって、本当にくつろげる週末が過ごせたら、これこそ生活大国の豊かさ≠ナはありませんか。

                   イラスト:俵 賢一(大倉山)

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