編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子
NO.309 2014.10.19  掲載 

       


  筆者:アルメル・マンジュノ


  フランス人(女性)・港北区日吉在住
  アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師

 

     「春は眠いからね」
       

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:平成元年4月1日発行本誌No.46 号名「栂
(つが)」
   


 
毎年この時期になると「ふと、あくびをする」と言われるこのフレーズが、私には不思議でなりません。だって、やっと春らしい太陽が輝きはじめて私は元気ハツラツ、ひと眠りする気なんて全然ないんです。

 そこで今回は、「日本人と眠り」について書いてみた<なりました。日常生活の中でご<普通にやっている行動も、外の人間にはすごく面白く見えることって、よくあるでしょ?



    眠り好きな日本人


  フランス人が夜眠るのは、単にきょうの疲れを癒し明日の鋭気を養うためですが、日本人にとってはそれ以上のものがあるように思えます。眠りはまさに喜びであり、一種の楽しみでもあるのでしょう。

 これほど眠ることが好きな国民には、いまだかつて出合ったことがありません。夜は言うに及ばず、昼間もお構いなし。専業主婦をしている日本人の友人から、「時々昼寝をする」なんて話を聞くと、私はいまだに信じられない気がします。

 夏がものすごく暑い地中海沿岸地方には昼寝の習慣がありますが、こんなに気候のいい日本でねえ! しかし、もっと驚くのは、所構わず眠っている人がいることです。公園のベンチ、駐車場の車の中、電車の中、映画館で……そして、年配の人ばかりでなく若い人までも。眠るというよりもただウトウトしているだけの場合もあるでしょうが、ともかく、すごく気持ち良さそうにしています。


 ナポレオンも所構わずに3時間だけ眠ったそうですが、これは今も昔も例外です。フランスでは、浮浪者をのぞいて公共の場所で寝ている人なんて、まずいません。だいいち、危険です。目を覚ましたら身ぐるみはがされていた、なんてことにもなりかねません。それに、エチケットの問題もあります。寝顔はあまり人様にお見せするものではないので…。


 フランスの電車の中の風景は、本を読む人あり、トランプをする人あり、隣り合わせた人とお喋りする人ありで、去年里帰りした私も同じようにしていました。
 ところが、おかしなことに日本に帰ってみると、私も電車の中で他の乗客同様ウトウトしているんです。私の友人の外国人も同じだと言っていましたから、きっと日本の電車には何か眠気をもよおす雰囲気があるんでしょうね。




   日本とフランスの住宅事情の違い


  
ちょっとしたアナウンスにも、私は目を覚ましてしまいます。しかし、回りの皆さんは全くそんな素振りもありません。
 日本人は騒音の中でも平気で眠ることができる人ですね。テレビが野球中継をがなりたてている部屋でぐっすり寝ている人を見ると、私は本当にうらやましくなります。
 親子が川の字≠ノ寝ることもなく、早くから自分の部屋をあてがわれる欧米の子供と違い、日本では家が狭いために生まれた時から家族のたてる音の中で暮らさざるを得ない。そのために、まわりで起こることに全く無関心でいられるという驚くべき能力が、自然に身に付いたのではないでしょうか。
 でも、比較的家の大きい田舎で育った人も平気で眠れるところをみると、この仮説もあやしいようです。



   快適な睡眠術を知る日本人


 
日本人が眠ることを喜びと考えているのでは、と私が感じる根拠をあげてみましょう。

  まず、日本人は快適な眠りにつくため、するべきことをちゃんと心得ていることです。例えばお風呂。寝る前に入ると、一日の疲れがとれ、肉体的にも精神的にもリラックスし、お風呂がこんな効用があるとは知りませんでした。
 フランスにいた頃は、家族のみんなと同じようにもっぱら朝シャワーを浴びていました。今ではお風呂なしではいられません。おかげで去年里帰りした時は「水を使いすぎる」と母から文句がでました。思うに、しじゅう不眠を訴え、薬局やスーパーで寝つきをよくするハーブ・ティーや自然健康飲料を買っているフランス人が多いのは、日本人のように寝る前に体の緊張をほぐすスベを知らないからでしょう。
 また、寝る前の準備としては、お酒を一杯なんていうのもいいですね。ちゃんと“寝酒”という言葉もあるんですって。フランス語にはそんな言葉はありません。それに、ワインは興奮するので眠れないと言われています。


 日本人が眠りを喜びととらえていると感じるもう一つの根拠は、必要とあればそれを犠牲にするところです。試験前の学生しかり、仕事を山ほどかかえたサラリーマンしかり。大事なことのためにはまず楽しみを抑さえるのです。

 私は10年以上も畳の部屋に布団を敷き寝てきました。それがとても好きでした。面倒くさいと思ったことは一度もありません。床の高さに寝るのがほんとうに気に入っています。ただし、梅雨時、平屋の家に布団で寝るのだけはごめんです。来日したばかりの頃、そのせいでリュウマチになってしまいました。でも、今度移ったマンションはすべて洋風なので、また子供の頃と同じように木の床に置いたベッドで寝ています。コタツもないので、夜は早いうちからベッドに逃げて……。

  日本人の皆さんがコタツの中でするようなことは、私は大抵ベッドの中でやっているんです。エヘヘ、じつは、この記事も半分ベッドの中で書きました……。




     日本式で寝るフランス人


 
でも本当のところ、あんなに気に入っていた布団をやめてしまったのはちょっと失敗だったかなあ、と思っています。去年フランスに帰ってみたら、日本式が流行、日本風の寝具がちゃんと売り出されていたので、なおさらです。

 妹のところに泊った時、私用にと出してくれたマットレスが日本の敷布団にそっくりなら、上に掛けるほうもフカフカで量感のある日本の掛け布団にそっくりだったのには本当にびっくりしました。
 これからは、フランス人がますます日本式に寝るようになり、日本人のほうはベッドでしか寝ないようになるのかしら。外から入って来るものはなんとなくエキゾチックなので、惹かれるのが人の常ですからね。

 私が今まで経験した中で、穏やかな心地良い眠りを誘う最高の環境は、星空が広がるギリシャの海に面した白壁の広い部屋と、月明りでほんのり明るくなった障子のむこうから水の音がかすかに聞こえる純日本風の簡素な部屋でした。その時の浴衣の着心地も忘れられません。

 外国人の友達に贈物をする機会があったら、迷うことなく浴衣を贈ってあげてください。きっと喜ばれますよ。


                     イラスト:高橋幸恵(高校生・日吉)

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