編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子
NO.307 2014.10.18  掲載 
   

  筆者:アルメル・マンジュノさん


  フランス人(女性)・港北区日吉在住
  アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師


       フランスでの旅行
         

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:昭和63年11月10日発行本誌No.44 号名「楸
(ひさぎ)
   


 
フランスの夏は一年中で最も気候の良い季節。日光や新しい出会いを求めてどっと人が繰り出します。
 私も6月から8月末まで、フランスのあちこちを回って来ました。いろいろな交通機関を利用していると、あれこれ思うことがあります。




数々の割引とサービスがあるフランスの国鉄


  どこかへ行こうかという時、まずフランス人の頭に浮かぶのが自家用車。男女を問わず、60歳以下の人で免許を持っていない人なんて、ちょっとお目にかかれません。都市でも田舎でも、車は生活必需品だからです。これもフランス人特有の個人主義のたまものでしょうか。

 こんな訳ですから、SNCF(仏国鉄)は旅客獲得に知恵を絞らざるを得ません。信じられないほどたくさんの割引があるんです。16歳以下は年間を通じて半額、26歳以下は夏季半額(若者カード)、カップルなら1人が半額、もちろん子供が3人以上の大家族割引もありますし、60歳以上なら50%以上の割引です(たそがれカード)。

 割引はまだあります。私は6月の末に、TGV(仏新幹線)のグルノーブル・パリ往復切符を買いましたが、25%割引きでした。窓口の説明によると、利用客の少ないブルー期間内で、トータル距離が1000キロ以上、往復の間が週末を挟んで4日以上になっているからだそうです。払った金額は指定券も入れて375フラン(約7千円)。新幹線の東京・新大阪間とほぼ同じ距離でこの値段です。ちなみに、目的地が国境の向こうでも割引は有効とのこと。

 また、目的地で自分の車やバイクをすぐ使えるように運んでくれるサービスもあります。長時間汽車に揺られて退屈する人には、レジで芝居、映画、歌、作家の講演などがあり、子供向けの催しも組まれています。



   困るのは交通機関のストと遅れ


  
ただし、問題もあります。南北に走る主要幹線が整備拡充されている反面、東西を結ぶローカル線がなおざりにされているのです。パリにいた時、空いた時間があったので、ちょっとオンフールまで行ってみたくなりました。有名な画家たちにも描かれたこの風光明媚なノルマンディーの小港は、パリからわずか200キロ。ところが列車の連絡は、かなり遠回りをして行くのが一日1本あるだけで、乗り換えのたびに時間をつぶされてしまいました。

 しかし私のように、日本の時間に正確で効率の良い交通機関になれた者にとって、最も耐え難いのは遅れとストでしょう。フランスに着いたその日が国内航空のストライキでした。パリからリヨンヘの乗り継ぎ便を待つのに半日がつぶれました。別の機会には、バス、地下鉄、そしてもちろん国鉄のストにもぶつかり、結局すべてを経験させられました。

 こういう時、会社側のお詫びや振替輸送の案内など全くなく、自分でどうにかしろと突き放されるので、外国人旅行者が一番まごついてしまいます。


               セーヌ河口の美しい港町、オンフール



    国境もひと跨ぎ、快適な車の旅


 
こういう嫌なことに出くわさず、田舎の素敵な所でひょいと足をとめ、土地の美味しいものをゆっくり味わうには、やはり車が一番ということになります。親戚やあちこちに散らばっている友達のおかげで、私の大好きな計画を立てない“ぶらり旅”を何度か楽しむことができました。その幾つかを紹介してみましょう。

 ある暑い日、従妹(いとこ)から「レマン湖までドライブしてひと涼みしない?」と誘われました。距離は150キロ。2時間で湖に着き、別にせわしない思いもせず、夜には帰って来ました。



         フランスとスイスに跨る三日月形の湖、レマン湖

 次はアルザス地方を旅行中のストラスブールでのことです。妹がふいに、「向こう側(西ドイツ)もちょっと見てこない。いいところみたいよ」と言うので、すぐ実行。もう一度は、フランス人と結婚してリールに住む友人の日本人女性を訪ねたときのことでした。日曜日の午後の2時頃、ベルギーのブリュージュに行こうという話になったのです。そこは中世のたたずまいを残した美しい町で、200キロ程離れていますが、この日も日帰りで身軽に行って来ました。

    ベルギー北西部の町ブリュージュは、ベルギーの代表的な観光地

 それから、日本のホームシックにかかった日(時々あります……)、こちらの原発に出稼ぎに来ているイタリア人技師で母の知りあいの人が、「週末に家族のところへ帰るから、トリノまで乗せてあげようか、向こうで旨いピザでも食べてくれば……」と声をかけてくれました。金曜日の夜に4時間車に揺られるのはちょっとしんどかったけれど、向こうへ着くと、言葉も人も風景も習慣も一変し、刺激的な心地よさに見舞われました。

 こんな具合に、わずかな間に、4度国境を越えることになりましたが、証明書のたぐいは一切必要ありませんでした。こちらでは、日曜日のお散歩に国外へ足を伸ばすことも可能です。どこに予約するでもなく、ゆうゆうと出かけられます。渋滞の心配も無用。国道、県道ともに整備されていますし、料金所だらけの高速道路もありません。

 高速道路でBNLDS等で始まるほか越境することがすっかり定着しているのを実感します。1992年に統合ヨーロッパの時代が始まれば、こうした動きにもっと幅が出てくることでしょう。通貨と資本の自由な移動や域内各国の職業資格を同等に適用させることなども夢ではありません。



   地理的ハンディを負う日本人


 
こうした現実を見るにつけ、日本はいっそう狭く孤立した国に思えてしまいます。
 最近では、時々週末に香港へ買い物に行く人もいるようですが、まだごく一部の人たちだけのことでしょう。それに、ただそれだけのことにもパスポートがいるし、事前に航空券を手配しておかなければならないし……。
 ともかく、日本人は、地理的ハンディのためだけに、外国の人々の暮らしぶりを自らの目で見る機会に恵まれず、日本へ来る外国人と接するのを別にすると、思考様式も生活の質も自分たちのものだけにしか馴染みがないのです……。

  自分の目で外国を見ることの大切さに関して、私は個展を開いた、ある若い写真家との会話を思い出しました。その人は多くの国を回り、見事な写真を撮っていました。
 感心した私が、「日本にもいらっしゃるべきですよ。なんなら落ち着き先が決まるまで泊めてあげてもいいわ」と持ちかけると、彼はニヤッとして、「うん、でも他に行きたい国がたくさんあるから……」。意外感と不快感を抱きながら私はなぜか訊いてみました。
 「え、だってあんまりいい写真が撮れないんじゃないかな。今の風景はだめだし、どの町も個性がなさそうで……。コンピューターの仕事でもしているならいいけど、ぼくみたいにゆっくりあちこち歩き回るのには向いてないよ。それに物価がすごく高いんでしょ……」。

 フランス人にとって、日本がバカンスの目的地となるのは、まだだいぶ先のようです。私はとても残念に思います。でも、日本側に、外国人観光客の受け入れ体制を整え、日光一点張りをそろそろやめて、日光以外の地域を彼らに発見させてあげるような、きちんとした組織があるのかしら……。

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