編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子

        NO.304 2014.10.17  掲載 


   筆者:アルメル・マンジュノ


  フランス人(女性)・港北区日吉在住
  アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師

 梅干しと納豆が大好物という外国人、皆さんの周囲にいらっしゃる? いませんね。玄米の炊きたてご飯に納豆をかけた食事が日常食ときたら日本人でも少ない。ところが、これがみな、アルメルさんの好物なのです。
 彼女の旅のみやげの“酸っぱい梅干”を「岩田さん、健康のため食べなければイケマセンよ」と言われ、何度もいただきました。


     きれい好きの日本人
         

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:昭和63年2月15日発行本誌No414 号名「榧
(かや)
   


 
毎年暮れになると、テレビに流れる掃除用品のCMがふえてきます。私もみなさん同様、年末に大掃除をするようになったんです。でも、初めは「真冬に大掃除なんて」とちょっと変な感じがしました。フランスの冬は掃除向きの気候ではないからです。やるのは春。
 
 でも日本は、新年を迎える前に家の中を片づけ、ホコリひとつないほどきれいにするのは、とても理にかなったことだと思います。
  そこで今回、「きれい」という観念について書いてみたくなりました。



    大人も子供も身だしなみの良い日本人


  外国人が自分の国をどう思うかに敏感な日本人は、首都東京がきれいで良い印象を与えるように、と願っているのでしょう。実際、東京はきれいな都市ですし、少なくともアジアでは一番です。地下鉄の壁に落書きを見かけることも滅多にないし、以前何かの折に書きましたが、駅員さんは一所懸命タバコの吸い穀を片づけている。また、公園で作業服姿の高齢者が小道を掃いているのにも目をみはります。

 それに、フランスみたいな汚れた車を通りで見かけたこともないですし。こちらでは車を第二のサロンと考えているんじゃないかしら。
 家の中では掃除機や雑巾に指一本触れない日本人男性がスポンジを手に車を磨いているところなどは、本当に驚くべき光景です。商店でも衛生面の配慮はすごく行き届いていますね。お菓子はピンセットで取ってくれるし、パンまで包んでくれる。レストランだって汚い食器を使っているところはありません。
 こうした日本人のきれい好きぶりは、時に強迫観念にまでなっているようです。それは、もう小学校で植えつけられているのではありませんか。

 だって、服が清潔かとか、ハンカチを持っているかなんてことまで調べるのでしょう? で、大人になっても身だしなみがいいんですね。外国人は大抵びっくりします。特別おしゃれをしてなくとも、みんな身ぎれいにしているのですもの……。日曜日の原宿で見かけるパンク風の若者からさえ、だらしない感じは受けません。



     フランスのお風呂と香水


  
え、何か忘れてないかですって? そうそう、お風呂がありました。

  ここでも日本人のきれい好きの一端がうかがえますね。それに一日の疲れをとるのにもってこいだし……。ヨーロッパの人は、どうしてお風呂を疲れをいやす手段と考えないのかしら。

 面白いことに、私自身が日本人のきれい好きに感化されてしまいました。欧米の映画で靴のまま家に入ったり、ベッドにあがったりする場面を見て、汚いなぁと思ってしまうほどです。
 ベッドといえば、以前は犬や猫と一緒に寝るのをなんとも思っていなかったのに、最近ではそういうことをする人の気が知れなくなりました。それに、フランス人がよく日曜日にキスなどしながらベッドで朝食をとるのも、ちょっと変な習慣だと思ったりして……。
 最近布団をやめてまたベッドにしたので私も時々やりますが、たとえ一人の時でも何か悪いことをしているような気になります。


 きれい好きという点では、フランス人はまだまだ後進国だ、ということを実感せずにはいられません。
 先ほどちょっと話に出たお風呂にしても、大抵のフランス人はたまにしか入らないし、入ってもカラスの行水です。まあ、最近の若い人は毎日シャワーを浴びるようになってきたようですが……。おまけに、我々フランス人は風呂場の使い方がだらしないので有名なのです。

 スイスで働いていた頃の話ですが、私が下宿の共同シャワーを使ったあと、隣のスイスの人はわざわざどんな惨状になっているか見に行ったんですよ。私がフランス人だっていうだけで!  つねづね思っていることですが、フランスで香水の使用が古くからあれほど盛んなのも、この風呂嫌いのせいでしょう。ベルサイユ宮殿では、大層匂ったそうですよ、あの体臭が……。





     日本の台所やベランダ


 
「きれい」という観念は、世界中どこでも同じというわけではないような気がします。日本ではそれが何にもまして個人の品位に結びつけられているのではありませんか。見える所はきれいにしておく。でないと恥をかく。でも、見えない所は、それほど気を使わない。

 先日アパート探しをしたフランス人が、日本の台所を見てびっくりしたと話してくれました。「いい社会人類学の勉強になったよ。台所なんて他人の目に触れる所じゃないからね。まったくひどい有り様だった」。そこいらじゅうに飛び散る油汚れのせいだけであって、日本ではフランスより台所をきれいにしておくのは難しい、と私はその人に答えておきました。でも、台所に限らず日本の家の中に関しては、きれいや汚いの問題よりも片づいているかいないかの問題だと思います。

 フランス女性、あるいは欧米の女性は必ずすべての物を台所の戸棚に仕舞ってしまいます。鍋一つにしろ、出しておくということはありません。日本では、アジアの他の国々同様、料理道具をあちこちへ積みあげておく。部屋のほうでも同じ。タンスの上にはミカン箱やら何やら色も形もさまぎまな物が積みあげてある。
 
 これは、欧米人の美的感覚に衝撃を与えます。さらに家の狭さとあいまって、散らかっているという印象は強まるばかり。ベランダも例外ではなく、いろんな物があきれるほど置いてあるのをよく見かけます。

 日本人女性と結婚したヨ一ロッパの男性は、妻が家を片づけないので困るとこぼします。が、これは、ヨーロッパ式片づけの観念に従って片づけないというべきでしょう。

 日本のインテリア雑誌をめくってみればわかります。大抵、部屋にいろんな物を入れ過ぎで、スタイルの統一に無頓着です。それに、日本人は自分の家に多くの物を取って置きすぎるのです。私だったら少なくともあの半分は捨てます。

 フランスの雑誌によく紹介されている伝統的日本家屋の内部は、床の間に生花があるだけの簡素な趣なので、こういう現実には余計びっくりさせられます。



   技術先進国ニッポンの洗濯機


 
屋外の環境についても同じことが言えるのではありませんか。窓をはじめ至る所に干してある洗濯物や錯綜する電線、これは日本人にとって景観を損ねるものではないようです。
 一方、訪日するフランス人は、よくあんなものを毎日我慢しているなあ、と思ってしまうのです。私個人としては、天気のいい日に洗濯物が干してあるのを見てもイヤな気はしません。

 でも、たった一つ悩みのタネがあります。それは日本の洗濯機です。日本のような技術先進国で未だに水で洗濯しているなんて、信じられません。

  日本の洗濯機はお湯を沸かせないだけでなく、他の点でも欧米産ほど完成されていません。あんな洗濯機で衣類が本当にきれいになるのかしら、と疑っている外国人がたくさんいます。ただし、洗剤は他の国のものよりもかなり強力みたいですけれども……。

 いずれにしろ、「きれい」ということに関してフランス人は、日本人に学ぶ点がまだたくさんあると私は感じています。

 今年の夏フランスへ帰ったら、寂しくなることが一つあります。それは、お隣の人が毎朝ドアの前を丹念に掃くホウキの音を聞けなくなること。あの音を聞くと、あ、もう6時ね、また一日が始まるわ……と感じるのです。 


                
      イラスト:高橋正幸(大倉山)

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