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編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子 |
NO.302 2014.10.17 掲載 |
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筆者:アルメル・マンジュノ
フランス人(女性)・港北区日吉在住
アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師
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沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”
掲載記事:昭和62年7月20日発行本誌No.39 号名「槿(むくげ)」
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先日若いお巡りさんがいつもの巡回に来ました。とても礼儀正しく持ってきた資料を確認し、「最近、近所で不審なことありますか?」と型どおりの質問をして帰っていきました。
一週間後、「回覧板です」。見ると子供連れの主婦が、なにかたくらんだ顔つきで指をさしお巡りさんと話をしている絵があり、「指名手配中の爆弾犯人です。あやしいぞ、警察に連絡しておこう」と書いてありました。こんなこと、みなさんにはなんでもない日常生活の一場面でしょう。
でも私や多くの欧米人は一種の不快感を覚えてしまいます。なぜなのか、それを説明したいと思います。
逃亡犯にはやっかいな日本
日本の警察はとても優秀で、世界各国が感心しています。なにしろ、殺人の96%、窃盗の84%が記録的な速さで解決されてしまうというのですからたいしたものです。お陰で街はたいてい夜遅くなっても極めて安全。女の私としてはたいへんありがたく思っています。
ところで、警察の優秀さもさることながら、それを助けている日本特有の事情も忘れるわけにはいきません。
まず第一にこれは当たり前のことですが、日本は島国なので水泳のチャンピオンか自家用機のパイロットでもないかぎり犯行後すぐ国外逃亡なんてできません。多くの国と地続きで、国境なんて文字通りひと跨ぎのフランスとは大違いです。
第二に、日本は単一民族の国なので他の国よりは社会的緊張が少ない(フランスでは、現在10人に1人の割で移民がいます)。さらに日本のマスコミが西欧諸国の暴力犯罪のすごさをやたらに強調するので日本人が自分たちを他の民族より穏やかで、攻撃的ではないと思いこんでいるふしがあります。私個人としては日本人が他と比べて攻撃的でないとは考えていません。ただ暴力が比較的おさえられているだけではないでしょうか? テレビの刑事もの、ポルノ、劇画などに形を変えて現れているのです。
第三は、銃器の所持が禁止されていることです。凶事犯罪の防止に役立っているといえるでしょう。これは余談ですが、そのぶん包丁が多く使われるみたいですね。日本の包丁に私は恐怖を覚えます。三面記事で、妻が夫の愛人を刺し殺したなんていうのを読むと背筋がぞっとして自分の包丁も握れません。
警察は頼れる便利屋さんか!?
さて、最後にもうひとつ忘れてならないのは警察と市民が良好な関係を保ってるということです。
日本の交番のお巡りさんを見ていると、それがよくわかります。日本のお巡りさんというのは、おっかない人ではなく、困った時はいつでも頼れる人と思われていますね。「庭の蛇を退治して」とか、「アイロンのコードを抜かずに出て来たので見に行って」とか、なんでも頼めるんです。フランス人には考えもつきません。それから、テレビ番組「積木くずし」の中で、両親が娘のことを警察に相談する場面がありましたが、これには日本に長い私もびっくりしました。
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フランスだったら精神科医の門を叩きます。こうした信頼関係があるからか、市民は警察官の前でおとなしく、素直で、尊敬さえ示します。子供みたいにお説教されても、反発する様子がありません。フランス人と警察の日常的関係はこれと正反対です。
警察官は蔑まれ、笑い者にされる、と相場が決まっています。とくに街のお巡りさんは、下品で間がぬけていて、教養がなく、みんなの邪魔をするくせに、職務のほうはからきしダメな奴、と市民の目に映っているのです。
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『サントロペのお巡りさん』という、ドジでへマな主人公が観客を爆笑させる映画のシリーズまであるほどです。一応政府が警察官の人選及び教育の改革を行っているので多少よくなってはいますが、一朝一夕に変わるものではありません。
こんな中で、シムノンのメグレ刑事のような私服組のほうは、尊敬もされ称賛の的にもなっています。このクラスだけは頭脳明噺で危険をいとわず、まぁ、ひとことで言えば仕事をこなしています。
しかしフランス人は、日本人のように警察が市民を守ってくれる心強い味方とはあまり考えていないようです。
密着監視システムとは……!?
こんなわけですから、日本のラジオで、「フランスは警察国家だ」というのを聞いた時、私はすごくびっくりしました。
フランスが官僚国家だというのは本当です。でも、警察国家というのは……フランス人に言わせれば、それは日本のほうです。
ほとんど至る所にある交番は、市民を守るためだけでなく、密着監視のためのシステムでもあるように見えるのです。さらにフランス人が眉をひそめ、不快に思うのは、いろんな所に貼ってある人相の悪い顔写真です。
警察が犯人逮捕に市民の協力を要求するなんて! 密告はキリスト教のモラルに反する行為です。西欧人は、だれかを密告する、あるいは単に不審に思ったことを警察に話すのが非常に危険なことだと考えています。もし、そのあと誤審ということになったら……。毎年曖昧な通報がもとで何十年も牢獄につながれた無実の人の再審が、問題になっているではありませんか。
警察は自分の仕事を自分の力で遂行すべきだ、これがフランス人の考え方なのです。
「不審なことありますか?」というお巡りさんの問いに嫌な感じをもったのがなぜか、もうおわかりでしょぅ。
もし本当に何かあっても、黙っているかもしれません。郷に入っては郷に従うべきなのでしょうが、私にはどうしてもできないのです。いずれにしろ誰かが……。
過激な愛人・待つ身の妻
最後に面白いエピソードを一つ。覚えている方もあるかと思いますが、数か月前、フランスで妻がヘリコプターを使って夫をパリの刑務所から脱獄させる事件がありました。またしても、警察はフランスじゅうの笑い者になったわけです。
ところで、私が手伝っている報道関係のオフィスにこのニュースが入ってきたとき、日本人の同僚たち(全部男性)はいぶかるように何度も私に尋ねました。
「これ愛人でしょう?」
「いいえ、奥さんですよ。結婚して7年。子供も1人いますよ」
「ふうん。もう一度度確かめてくれますか? きっと愛人ですよ」
それじゃあ、日本では、愛する男をなんとしても救うため、とてつもないことをやらかすのは、愛人だけって考えられてるの? 奥さんは家で待ってるだけってわけ?
夫婦や愛の概念ってずいぶん違いがあるようですね。そのうちこれについても書いてみたいですね。
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イラスト:石野英夫(元住吉)
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