編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子

  NO.297 2014.10.15  掲載      


  筆者:アルメル・マンジュノ


  フランス人(女性)・港北区日吉在住
  アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師


       民衆的な日本の信仰
         

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載の“復刻版”


   掲載記事:昭和61年9月20日発行本誌No.35 号名「槐(えんじゅ)」
  


 
以前にも言ったとおり、私は日本の夏が大の苦手です。強い日射しにも、蒸し暑さにも耐えられず、なるべく家でじっとしています。でも、早朝と夕方の散歩は好きです。今年の夏は、なぜか近所の小さな地蔵堂にばかり足が向きました。大木に守られた赤い涎(よだれ)掛けのお地蔵さんのそばに腰をおろし、虫の声を聞くと心がなごむからだったのかしら?

 たまに通りかかる人は、外人がこんな所で本を読んだり、物思いにふけったりしているので、少しびっくりした顔をしていました。



           日本人の宗教意識


  それで思い出したのは、昨年欧州各国で放送され反響を呼んだ、フランス国営放送制作の日本紹介番組でした。番組では、日本人の日常生活の中心には神々がおり、日本人は生まれ、結ばれ、葬られるといった一般的な場合だけでなく、生活の節目となる様々な場合に神の前に出向く、と言い、合格祈願とそのお礼参り、子宝祈願、厄払い、建て前、車の安全祈願、さらには神社の例年の祭まで紹介していました。
 この番組、今春に日本でも
NHKから、西欧諸国は日本をどう見ているか、という趣旨で放送されました。日本人解説者は、日本がこんな視点から捉えられたことに驚いたようでした。そして、日本人は他の民族に比べて宗教に無関心だし、祝祭日だって、欧米と違い、宗教起源のものがない、と指摘していました。

 私も解説者と意見を異にする訳じゃありませんが、宗教の問題は難しいので、慎重にならざるを得ません。じつを言うと、こちらに来て10年になりましたが、どうも、まだよくわからないんです。

  日本人は宗教と深く結びついているようですけど、神社・寺・教会を平気で渡り歩くところなんか見ると、面食らっちゃうんです。だって欧米では、例えばカトリック教徒なら、ユダヤ教やプロテスタントの教会に絶対に足を踏み入れないんですよ。

 こんな訳ですから、今回は私の個人的印象を紹介するだけのつもりです。




       あなたの気になる教会は?


 
私は、家が信者だったので、よちよち歩きの頃から14歳位まで、毎日曜日、ミサに通っていました。クリスマスの夜などは、バンドあり、賛美歌あり、キリスト生誕図の模型ありで、目を輝かせたものです。子供ってああいうおとぎ話みたいな光景が好きですものね。でもその後、宗教は、私にとって拘束になってしまったので、今では教会を見ると、むしろ避けています。立派なオルガンや美しいステンドグラスを備えた見事な教会があるのもわかります。

 でも、ゴシック様式の教会の、あの高い石のアーチや冷たい石畳、内部の薄暗さ、礫(たく)にされ血を流すキリストの図などに、どうしても抑え難い恐怖を感じてしまうんです。ヨーロッパを訪れる日本人旅行者も、時にはこんなふうに感じるんじゃないかしら、どうですか? 
 
私が唯一、入る気になるのは、田舎道の曲り角などにあるローマンネスク様式の礼拝堂だけです。






        
      親近感のある日本の神様



 
日本へ来ると、私はすぐにお寺や神社を散歩するのが好きになりました。たいてい緑に囲まれ、季節の花があるので、教会よりもずっと親しみを感じます。木造なのも気に入った点です。石に比べて威圧感がないんです。中でも好きなのがお稲荷さんです。

  モダンな家やビルにはさまれていたり、キャバレーやラブホテルの裏みたいな思いがけない所にあったりで、日本式ごちゃまぜ主義の魅力を感じます。神様が、まわりのみんなと仲良くやっているんですね。それから、お菓子や果物が現物で供えられているのも、初めはずいぶんぶっきらぼうだと思いましたが、今では大いに心を動かされています。

 日本人も、私同様、神社やお寺とその安らぎを与える環境を愛しているんだな、と思いました。なぜなら、比較的多くの人が足繁く訪れるからです。ともかく現在フランス人が宗教の場へ行くよりも頻繁です。遊ぶ子供に、おしゃべりをする高校生、瞑想にふけるお年寄り……時々、石段を登り、短い祈りをささげる人も目にします。私だって時には真似をして、お金を投げ入れ、鈴を鳴らし、手を合わせます。






      好感もてる日本の宗教的慣習


 
でも、私はあまりやらないようにしてるんです。率直に言うと、なんとなく悪い気がしてしまうものですから。これには二つの理由があります。

  まず第一に、私は仏教や神道の信者じゃないからです。さっきも言ったように、キリスト教では、宗教のチャンボンを認めないんです。
 ついでに言えば、若い日本女性の多くがキリスト教徒でないのに教会で結婚式を挙げたがるのを、変だなあと思わずにいられません。第二の理由は、私のように子供の頃から長いお祈りと黙想になれ親しんできた者にとって、日本人の拝み方は、なんかあんまり宗教的に見えないからなんです。さっとすんでしまうお祈りに、木の枝に結ぶ占いの紙、たくさんある幽霊の話や化け物屋敷、カレンダーのいい日と悪い日の区別……。こんなことを言っても驚かないと思いますが、多くの外国人にとって、これは宗教ではなく迷信に思えてしまうんです。

 私としては、至る所にいてどこにもいない神々を日本人が崇める姿を、好きになれそうです。神社は毎日呼吸する空気のような存在なんでしょう。神々と人々の親交が感じられます。また、死者に対してもそうですね。家の中に仏壇を飾り、生きている人々の中で香をたくんですもの。そして、全ての宗教と宗派が互いに容認し合ってるところもいいですね。日本ではヨーロッパみたいな宗教戦争が一度もなかったんですって?!

 最後に女性として一言。私は、瀬戸内晴美さんが大好きで、テレビでインタビューがあると必ず見ています。私は、彼女が選んだ人生に惹かれているんです。私も、もっと年をとったら、たぶん……。

                
イラスト:石橋富士子(イラストレーター・横浜)

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