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編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子 |
NO.296 2014.10.15 掲載
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筆者:アルメル・マンジュノ
フランス人(女性)・港北区日吉在住
アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師
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沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”
掲載記事:昭和61年7月10日発行本誌No.34 号名「樺」
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「暑さに弱いあなたには、またいやな季節がやって来たわね」、と周囲からよく言われる今日このごろ。本当に、日本の夏は私にとって地獄です。せめてもの救いといったら、果物がたくさんあることかしら。
たとえば、あの真っ赤でとても美味しそうなアメリカン・チェリー。7月の初めは、毎年あれが店頭に並ぶのを待ちこがれます。ちょうど誕生日を迎える友だちがいるので、かこつけてどっさり買って行き、二人でおなかいっぱい食べるんです。でも旬は、あっと間ですね。
日本の果物は最高級?!
そういえば学生時代、試験が終った今頃は、いつもリヨン郊外へサクランボや苺つみのバイトに行っていたのを思い出しました。私は、そのバイトが気に入ってたんです。こんな私ですから、こちらに来た時には、店先に並んだ果物に思わずみとれてしまいました。どれもキズひとつなく、大ぶりで、2つ、4つ、6つときちんと箱に収められていたり、メロンのように一つずつ買って、きれいに包んでもらえるなんて、フランスではちょっとありません。それから、向うではもっぱら花ですが、日本では果物がお遣い物としても重宝しているんですね。どうも、果物に対する考え方が、日仏でだいぶ異るようです。
日本では、果物をきれいに洗い、みがき、丁寧に一つ一つ紙に包んだりして、まるで宝石あつかいですね。それに、作る時もずいぶん手間をかけていますね。私は旅行で生産地を通るたびに、リンゴやブドウに袋が掛けてあるのを見て、びっくりしてしまいます。私のおじいちゃんが見たら何て言うでしょう。おじいちゃんは、ブドウ畑を少し持っていましたが、時々肥料をやるだけで、あとはほったらかしでした。
また、ほとんど一年じゅう、果物の種類が豊富に出回っていることにもびっくりしました。梨、柿、ビワといった日本にしかないものをはじめ、、フランスでは流通量が少ないためにエキゾチックな果物と言われている、夏ミカン、キンカンなどの柑橘類、マンゴー・パパイア・ペピーノ・チェリモヤ・キクノなどの熱帯果物、品種の多いメロンなど、あげていったらきりがありません。いったい、日本で売ってない果物なんてあるのかしら。しいてあげれば、私が大好きなので、毎年クリスマスに母に送ってもらっている、ナツメヤシの実ぐらいでしょうか。
本当に良い果物とは…
外国人、それも特にフランス人がみんな私のように日本の果物事情に熱狂的だとはちょっと言えません。彼等は、少なくとも4つぐらいは苦情を言うはずです。
まず第一に、確かにきれいにして売っているけれども、それだけに値段が高い。「あんまり高くて腰をぬかしそうになった」、とこぼすフランス人を何人も知っています。第二に、「熟してないものが多く、固い。歯がじょうぶでないとかじれない」、 第三に、しばしば季節に関係なく売られている。
12月だっていうのに苺があるなんて自然じゃない。最後に、大きさ。「あんなに大きいのは普通じゃない。きっと何か変なことをしてるんだろう?」、と考える人が結構います。なぜ、こうなるかと言うと、果物の見てくれや包装は、フランス人にとってどうでもいいことだからです。
パリの朝市を見たことのある方はご存知でしょうが、フランスは山積みになった果物を、勝手に選んで計り売りしてもらうだけです。それに、良い果物とは、よく熟していて、果汁が多く、甘いものと考えられているので、山積みの果物の中にキズがあちこちについたものがあっても、売り手も買い手も平然としています。だいたい、日本ほど新鮮さにこだわりません。
フランス人って変だなぁ、と思われるかもしれませんが、熟した果物を求めるのは、料理に使うからなんです。特に夏は、アンズ・プラム・さくらんぼ・スグリなどを箱ごと買って来て、ジャムや砂糖煮やパイを作ります。
日本のみなさんが一般に考えているのとは反対に、フランス人は、あまりチーズを使ったお菓子を食べません。それよりも、果物を使ったデザートに目がありません。アップルパイを例にとれば、個性も味わいもない出来合いのショートケーキとは違い、二つとして同じものがないと言われるほど、各地方、各家庭にそれぞれの味があります。どの主婦も、代々母親から伝わっている秘訣を守っているのです。
なにしろ、果物のパイが上手に出来ないようでは、料理の腕を認めてもらえませんから。
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果物は季節と心の象徴
「あら、柿よ。ねえ見て、日本の果物よ。」ずっと昔、リヨンの輸入果実店の前で、恵子という友だちがこう叫びました。まだ日本へ行ったことのなかった私はウインドーに鼻をおしつけ、柿ってどんな木になるのかしら、日本人はどうやって食べるのかしら、と思いをめぐらしながら、しばらく眺めていました。たった一つの果物が、遠い国ヘイマジネーションの旅をさせてくれる。
だから、私は果物が好きなんです。それから、多分みなさんにとっても同じでしょうが、果物は私にとって自然と健康のシンボルです。疲れたり落ちこんだりした時、渋谷や横浜のしゃれた果実店に入るだけで、元気が出ます。また、きれいに詰め合わされた果物の小さな籠を、友人への贈り物にするのが好きですし、自分には、黄色が鮮やかな大きなレモンをたくさん買って来て、レモネードを作ったりします。
花を見て、果物を宝石のように扱い、庭に桜や柿を好んで植える日本人は、他のどの民族よりも季節や自然に敏感だ、と信じているのではありませんか。また、外人自身も、そうした考えを広めるのに一役買っています。でも、これは日本人だけのものじゃない、と思います。
私のおばあちゃんは「リラが咲いたらあれを植えて……、道にクルミが落ちる頃にはあれをして……」といつも季節とともに暮らしていました。どこの国の詩人も、やはり季節を歌っています。日本の詩人よりもフランスの詩人のほうが、夏の訪れを多く歌っているかどうか、私には分りませんが、ともかく、6月、7月、8月そして9月を歌った素敵なシャンソンがたくさんあります。今日はフランス人なら誰でも知っている「さくらんぼの頃」が、一日じゅう私の心に流れていました。
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♪サクランボが実るころ
ウグイスやツグミは 陽気にさえずり
乙女は 希望に胸ふくらませ
恋する若人の心に 太陽が
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イラスト:石橋富士子(イラストレーター・横浜)
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