このシリーズも10回目を迎えます。私の日本滞在も10年目なので、日本での外国人としての私の状態を総括してみたい気がしていました。最終的にそうする決心をつけさせたのは、最近経験したちょっとしたできごとでした。
大倉山の港北区役所へ行った帰り、道を尋ねる日本人の女性に後ろから呼び止められました。振り向いた私の顔を見ても、その方は別段驚いた様子も見せず、私のあまり上手とは言えない説明をちゃんと聞いてくれました。じつは、近頃こんな場面に出合うのはこれが初めてというわけではありませんが、とてもうれしいことです。私がこちらにやってきた頃と比べると、日本人の態度はなんと変わったことでしょう。
少なくなった“外人恐怖症”
10年前だったら、こんなとき相手は、私が噛みつこうとでもしているかのように、びっくり仰天して飛び上がり、後ずさりしながら口ごもって言い訳し、すっとんで逃げて行ったものです。商店でも同じでした。私が行くと店がパニックに陥ってしまうのです。ある時など、若い売り子がみんな奥へ逃げてしまい、しかたなく犠牲的精神の年輩女店員が、心細い顔をして私に近づいてくるなんてこともありました。そして、大抵は、大きな身振りで「英語ダメ、英語ダメ!」
今でも地方へ行くと、外人恐怖症に出くわすことがあります。外人と接する機会が少ないためでしょう。 |
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とは言っても、いまだに何がなんでも私に英語で話しかけようとする人もいます。はっきり言って、これはコミュニケーンヨンを妨げる場合のほうが多いと思います。「どうもありがとう」と「サヨナラ」しか分からず、数日で日本を離れる外人旅行者ならいざ知らず、私のように何年も日本で暮らしている外人にまで、なんとしても日本語以外の言葉で話そうとするのはどうしてでしょう。
大抵、こうした外人は、母国の大学や日本の学校で一生懸命日本語を学んだ人なのです。だから、日本語の腕試しをしたくてウズウズしてるんです。日本語で話してあげてください。きっと喜びます。
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もう一言つけ加えれば、よく日本人がやる外人向け日本語でなく、自然な日本語でお願いします。みなさんの想像に反して、日本語は、話し言葉に限れば、それほど難しくないのです。日常の普通の言葉で話してくだされば、外人もきっとみなさんの言うことが分かるはずです。
それから、もし外人を招待する機会があったら、日本料理を出してあげでください。
ここでもみなさんの予想とは裏腹に、日本料理になじむのはそれほど難しくないのです。そうかと言って、日本に来てあまり長くない人に、納豆やトロロや塩辛を出すのは、やめたほうがいいのは言うまでもありません。でも、私個人の経験では、日本の特産品を食べて気持ち悪くなったことは一度もありません。
それよりも、いやな思い出があるのはアラブ料理とインド料理です。
薄れる“外人意識”
ところで、本心を言うと、日本人の外人に対する態度は本当に変わったのか、と疑問に思うことも時々あります。例えば、いつも行く食料品店のおじさんの質問は、十年一日の如く変化がありません。
「キーウイはフランスにもある?」(日本同様、輸入しています)「白菜は? ニラは?」(ない) 「お豆腐よく買うけれど、どうやって食べるの、チーズといっしょ?」チーズといっしょなんて!
日本人と同じように食べてるんですよ。何か面白い食べ方はないかと、料理の本を買ったり、テレビの料理番組を見たりはしますけど……。
おじさんはとってもいい人なんですが、彼の質問にはマイリます。彼は、外人というだけで、根本的に異なる様式で暮らし、食べ、考えると信じている日本人の典型で、このタイプの人はまだ多いのではないでしょうか。
でも、長年日本に住んでいる外人にとっては、実際、自分が外人だという意識さえ少しずつ薄れていくものなのです。ビザの更新などの役所での手続きなどで、周期的に外人であることを思い出さされるとはいえ、日々の暮らしでは、みんな日本の社会にとけこみたいと願っている、と私は思います。
そういえば、以前、友人が面白い話をしてくれました。ショーウィンドーの中をよく見ようと近づいて行った彼は、ガラスに映った自分の顔に驚き、「この外人くさい顔をした奴は、誰だろう?」と思ってしまったそうです。彼は、肉体的にも自分が黒髪に黒い目の日本人と同じになっているつもりだったんですって。
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外人を甘やかさないで!
ともかく、外人に対する最良のもてなしは、外人に外人だということを常に感じさせないことです。
さらに、日本人と同じくらいに厳しくしなければならない、とまで私は言いたい。
私の町内のみなさんは、すごく私に親切にしてくれます。郵便局では、挨拶されて字がうまいとほめられ、スーパーでは今日はお休みですかとか、最近風邪を引きませんか、と声をかけられ、薬屋さんでは、なんだか毎回見本品を他のお客さんよりたくさんいただくみたいだし、銀行では、頼まなくても用紙の記入を笑顔つきでやってもらえるのです。
結局、人に甘える悪い癖がついてしまいました。フランスに帰ってただのフランス人に戻ると、みじめにそれを実感させられます。
いま言ったことに、みなさんはびっくりなさったかもしれません。でも、私は本当にそう思っています。
日本人の親切を常に大変うれしく感じます。しかし、時には、私の外見上の違いを忘れてほしいと思うのです。私は、どんな親切も特に受けるべきではないのです。
というのも、外人にとって、東京で暮らすのはそれほど困難なことではないからです。日本に合わせなきゃならないのは外人の方で、みなさんが私たちに合わせてくれる必要はないのです。よろしくお願いしますね。
イラスト:石橋富士子(イラストレーター・横浜)
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