編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子
NO.293 2014.10.14  掲載 

  筆者:アルメル・マンジュノ


  フランス人(女性)・港北区日吉在住
  アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師


        21世紀の街 渋谷
     

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:昭和60年9月20日発行本誌No.30 号名「楠」
   


 
東京の秋の宵はとても心地よく、つい散歩がしたくなります。私は、仕事帰りに原宿から渋谷まで歩くのが好きです。ところで、東急ハンズから西武へ行く通りの宇田川派出所が改築されてもう半年くらいになりますね。あれを最初に見た時は、本当にびっくりしました。田舎の駐在所風の交番が、科学万博のパビリオンみたいになったんですもの。

  なぜこんな話を始めたかというと、じつは東京、それも特に渋谷の街並について書きたいからなのです。




   建物の調和を好むフランス人


  あのペンギンの頭を幾何学的に表現したような交番を近くでよく見ると、前衛的な外観にもかかわらず、日本の伝統的な要素も残されているのに気づきます。ちょうど目玉のようになっている丸い窓には、障子がはまっているのです。それは、ここの場合センスの良い混交となっていますが、それでもこの交番の前を通る外国人には、意外な驚きでしょう。

 フランス人はとくに、建築物におけるスタイルの混交を嫌います。だから、10年ほど前、パリのポンピドゥー・センターがつくられたときには、すごい論争が起きました。「石油精製所のような超近代的建物は、パリの古い街並に似合わない。まったく言語道断だ」というわけです。最近では、ルーブル美術館の改修工事などが批判の的になっています。また、地方でも同様です。別荘を改築したら、村の役場から、よろい戸の形に文句をつけられた、なんていう話を私は聞いたことがあります。

一般的に言って、フランス人は、古い建築物や古い街並にたいへん愛着を感じていますし、建物どうしの調和を、美の基準の一つと考えています。



    ごちゃごちゃ主義にビックリ


  
皆さんは、私が初めて渋谷界隈のものすごく雑然とした様子を見た時、どれほど目を丸くしたか、容易に想像がつくでしょう。建物の高さはすべてバラバラだし、スタイルも、建物どうしは言うに及ばず、一つの建物の中にもごちゃまぜになっている。まるで建築の完全な無政府状態です。
 木造家屋やよろず屋やカウンターの飲み屋が、銀行やデパートにはさまれて並んでいる迷路のような路地。けばけばしい色のバーやキャバレーやラブホテルの中にポツンとあるお地蔵さんのお堂。空に線引く電柱と電線(フランスでは美観を考慮して地下に埋められている)。ビルの上に乗っているおかしな形の会社のシンボル。
 こうしたものすべてが、行き当たりばったりにすべてを重ねてゆき極度に充血してしまった街という印象を与えます。こんな印象は、ビールビンのケースやゴミ袋がビルとビルのすき間に幾日も放置されていることによって、いっそう強まります。

 私は来日当初、この日本独特のごちゃごちゃ主義に面喰っただけでなく、イライラさせられました。

  今でもときどきそういう気分になります。たとえば、先日東横線の渋谷行に乗っていて、代官山をちょっと過ぎた所で外を見ると、パリの高級住宅街にあるようないかにも気取ったマンションのバルコニーに布団や洗濯物が干してあるではありませんか! 
 フランスではあり得ないことです。思わず溜息をついてしまいました。しかし、これも日本人にとって汚いものではなく、平和な家庭の象徴のようですけれど……。それから、そこらじゅうにあるでたらめな綴りの横文字看板。思わずひとり言の文句を言ってしまったことがよくありました。

 でも、今ではどちらかというとその反対です。私は、初めあれほどショックを受けたこの巨大なごちゃごちゃが大好きになってしまったのです。だから、フランスに帰ると、パリは東京と比べてあまりにも調和がとれていて折り目正し過ぎるので、なんだか美術館のように退屈に感じてしまうのです。




        
     渋谷の不思議な魅力



 
渋谷は、その薄汚なさにもかかわらず、私に目まいを起こさせるような不思議な魅力を持っています。もちろんそれは、街が移り変わるテンポの信じられないような速さのせいでもあるでしょう。
 ふざけながら友達に、「あそこのカフェで何時に約束ね、もしまだあのカフェがあったらだけど…」なんて言うことがあるくらいですから。しかしそれよりも、このごちゃごちゃを発生源とする並はずれたバイタリティーがあるからではないでしょうか。

 私は、驚きと共に、ごちゃごちゃを見つければ見つけるほど満足している自分に気づきました。時には、新しいビルの前でがっかりすることがあるくらいです。「もっとエゲツないものを期待していたのに……」なんちゃって! 横文字を拝借した看板については、そのこと自体おもしろいと思うようになりました。綴り字の間違いは、しようがないでしょう。

 



   毎日歩行者天国にしたら……


 
結局、私が渋谷を大好きなのは、東洋と西洋のすべての特徴を集めた21世紀の都市にいるような気がするからです。
 ただひとついやなのは騒音です。日曜だけでなく毎日歩行者天国にしたら、渋谷は本当の理想の街になるでしょう。残念ながら、まだそうはなっていないので、私は気晴らしをしたいときは、もっぱら自由が丘を散歩することにしています。
 私が思うには、自由が丘は外国人にとって東京で最も暮らしやすい所ではないでしょうか。建物はそれほど高くなく、都会と田舎の両方の雰囲気があるからです。この話はいずれまた……。

 私がフランスの友人を東京見物に連れて行く時まず行くのは、銀座や東京タワーではなく、渋谷です。彼らのびっくりする顔を想像しただけでうれしくなってしまいます。彼らは、私がくり返し手紙で言ったこと――そして彼らが信じようとしなかったこと――つまり、東京は楽しくて暮らしやすい都市だ、ということを納得することになるのです。

                
イラスト:石橋富士子(イラストレーター・横浜)

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