編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子

         NO.292 2014.10.14  掲載 


  筆者:アルメル・マンジュノ

   
  フランス人(女性)・港北区日吉在住
  アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師

       日本人とアルコール
         

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載の“復刻版”


   掲載記事:昭和60年12月1日発行本誌No.31 号名「樅
(もみ)
   


 
私がウソをつかなければならない季節が、またやってきました。ウソと言うと語弊がありますが、つまり、忘年会や新年会の誘いを断る口実を見つけなければならない、ということなのです。人間嫌いだからではありません。

  じつは、私はあまりお酒が好きなほうではないし、あの酔った人の発散させる体臭に気分が悪くなってしまうのです。この時期にこんな話を始めるのは、せっかくの気分に水を差すようですが、あえて……。



   フランスはワインの国。でも…


  私がフランス人だと分かると、たいていの人が、「ワインの国ですね」と言ってくれます。たいへん光栄でうれしい反面、私は、ちょっといやなことも思い出します。それは、フランスが世界的な“アル中国”だということです。こんなことは、あまり自慢になりませんものね。最近は少しアル中率が後退したそうですが、それでも0.数%だけですからね。

 とは言っても、フランス人すべてが熱烈なアルコール狂とは考えないでください。私みたいに、有名なボルドー・ワインとブルゴーニュ・ワインの区別もつかず、シャンパンも嫌いというフランス人だっているのです。私が飲むのは、色がきれいでほのかに甘いロゼ・ワインぐらいです。ついでに言えば、私は愛国主義者ではないので、カリフォルニア産でも山梨産でもかまわないのです。だいたい私は、贈答用か料理用にしかワインを買いませんし、後者の場合もクッキング・ワインですませてしまいます。



    昼間控え目な分、夜は大胆に


  
では、日本酒はと言われれば、私は焼き鳥を肴に熱燗(あつかん)で時々飲むのが好きです。焼酎もいいですね。飲みながらしゃべり笑うのは、とても楽しいことです。でも、よくあることですが、無理に飲まされると、翌日の体の状態を思っただけで、楽しい気分がしぼんでしまいます。なにごとも過ぎたるはなんとやらで、これでは飲めば飲むほどお酒がまずくなってしまいます。

 日本における酒、ウィスキー、ビールなどに対する私の印象を悪くさせているのは、どうもこの度を過ごした酒飲みたちが、夜ごと家路につく時に繰り広げるスペクタクルのせいではないか、と思います。完全に酔っぱらって、互いに支え合いながら大声をあげている若者のグループ。まあこれは若いから、と大目にみるとしても、その他はねぇ……。

 私は、上品な乗客が多いという東横線でさえなるべく夜遅くは乗らないようにしています。殿方の振る舞いが、がらっと変わってしまうんですもの。昼間控え目な分だけ、夜は大胆になるようで、鼻の頭を赤くして大騒ぎ。なんとかならないものでしょうか。なかには、私のところに英語の体験学習をなさりに来る方もいます。
 「Hello, Where’re  you  going?
 私がそっぽを向くと、
 「そんな顔をしなくてもいいじゃないですか」

 まあ何を言われても私は気にしませんが、でも、足をおっぴろげてどっかと座り、窓に頭をよりかからせて大口を開け、いびきをかいている人を見ると、この人の奥さんは大変だろうな、と思わず心の中でつぶやいてしまいます。玄関でどっとくずれるように倒れこみ、奥さんがそれを布団まで引きずって行くシーンを思い浮かべてしまうからです。テレビドラマの見過ぎかしら。でも本当にあるんでしょう、こんなこと!




     なぜ、むきになって飲むの?


 
日本人と比べると、西洋人の酩酊は、ほとんど目立ちません。酒癖が悪いという表現も、フランス語には見当たりません。私は何かで、「日本人は肝臓にアルコールを分解する酵素が欠けているので、すぐに酔いが回る」と読んだことがあります。なのにどうして、あれほどむきになって杯を重ねるのでしょう。

 「酔ったふりすればいいじゃない。そうすれば、あとは放っといてくれるんじゃない」
 毎晩同僚とバーに行かなければならないサラリーマンの友人に、こんなバカバカしい忠告をしたこともあります。

 実際、日本では何がなんでも飲まなければいけないようで、女の子を口説く時も、「今度、飲みに連れていってやるよ」ですからね。ちなみにフランスでは、「いいレストランを知ってるんだけど、今度どう? そのあと踊りに連れていってあげるよ」が一般的。

 こんなことを言うからといって、私のことを、断酒を奨励するモルモン教かなにかの回し者だなんて思わないでください。私はただ、自分が来日した当時と比べると、最近日本では、お酒を飲む機会が、男性にとっても女性にとっても、驚くほど増えてきたように感じられるので、いったいどうしたことなのだろう、と考えてみているだけのことなのです。


 



    カラオケはちょっと……


 
お酒のこと以外にもう一つ、忘年会に行きたくないと思うことがあります。それは、例のカラオケです。私もみなさんと同じように、台所やお風呂で歌うのが好きです。でも、人前となると話は別。日本では、上手い下手にかかわらず、だれもが人前で歌うのを好むようですが、そういうことはプロか、素人でも上手い人に任せておくべきだ、という西欧圏の考え方が身にしみこんでいるので、どうもいやなのです。もっとも、日本人の、ヨーロッパ人みたいな変に屈折した心理のないところは、大いに買います。

 私も、一応ご指名があったときのために、2、3曲レパートリーをつくっておくつもりです。もし間違えて歌っても、だれも気付きませんように。それに、お酒に対してと同様、日本のみなさんは寛大ですから……。でなけりゃ、私みたいな気むずかし屋の外人を、だれも招待してくれませんものね。
 よいお年を!

                
イラスト:石橋富士子(イラストレーター・横浜)

「とうよこ沿線」TOPに戻る 次ページへ
「目次」に戻る