編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子

   NO.291 2014.10.13  掲載      


  筆者:アルメル・マンジュノ
さん

  フランス人(女性)・港北区日吉在住
  アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師

       バカンスと日本人
         

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載“復刻版”


   掲載記事:昭和60年8月1日発行本誌No.29 号名「桑」
   


 
バカンスの季節ですね。残念ながら、日本では欧米の夏を支配するあの独特の雰囲気は感じられません。でも、早朝山へ出かけるリュック姿の沿線青年などが窓から見えると、外国人が抱くレジャーも娯楽も知らない日本人というイメージを否定するのに、これだけでも十分だな、なんて思ったりします。

 バカンスの話なら、フランス人の私にはお手のものだ、とみなさんは言うんじゃないかしら。なにしろ、フランス人は一カ月のバカンスのために残りの11カ月を働いている、と日本では思われているんですから。




      フランスのバカンスは完全に定着


  つい最近もこんな話が紹介されていました。ブルターニュに建設中の日本の工場では、作業員たちが、工事中にもかかわらず7月31日を期してみんなバカンスに出かけてしまいました。びっくりした日本人責任者が、日本ではまず仕事にケリをつけてから休みをとるんだが、とボヤいたところ、「ここはフランス、バカンスは、神聖にして侵すべからざるものだ」とやり返されてしまったそうです。

 事実、フランスのバカンスは長い歴史があり、人々の間に完全に定着しています。7月から9月にかけて、ラジオやテレビの番組が短縮され、工場やオフィスをはじめ、町のパン屋さんや食料品屋さんまでひと月、店を閉めてしまうのが当り前になっているのです。

 日本から帰ると、特に小さな町は寂寞としで見えます。それに、この時期、私はなかなか旧友に会えず、彼らが褐色の肌を誇って帰って来る9月半ばまで、里帰り期間を延ばさなければならなかったりします。



      フランス人はバカンス狂ではない


  
フランス人すべてが1カ月間どこかへ出かけるわけではありません。統計によれば、2人に1人は家にいるそうです。特に田舎の人はそうです。私の弟はこう言っていました。
 「オレにとってバカンスとは、好きなことを好きな時に時間割なしでやることかな。ここには緑もあるし、ひと泳ぎする川もあるし、友達もいる……。どこかへ行く必要なんてあると思うかい?」
 それから、まだ人口のかなりの部分を占める農民は、家畜の世話があるので長期間家をあけるわけにはいきません。

 実際、現在のフランス人をバカンス狂いの国民とみなすのは、誤りだと思います。確かに、バカンス費用捻出のために一年じゅうジャガイモだけを食べるなんて人がいるほど、みんなが夢中になったこともありましたが、数年前から特に不況のせいで、事情が変わってきているのです。経営不振の小規模な会社では、従業員が休みの一部を返上することもあるそうです。

 誤解は、明らかに日仏両サイドにあります。
 フランス人は日本人を、とれる休みも病気にでもならない限りとらない仕事の鬼、と思っているのです。確かに、初めて日本にやって来ると、学生だけがレジャーを独占し、他の人々は、真夏でさえ休まず働いているような印象を受けます。それに、東京は一年中忙しい都市なので、外国人でもしばらくそこで生活していると、まわりの忙しさに押し流され、バカンスどころではなくなってしまいます。私は、学生と同じに夏休みをとれる身分ですが、それでも休みの初日には、仕事の空白に途方に暮れてしまいます。フランスにいるとこんなことはないんですが。




      アラカルト式にバカンスを


 
ところで、フランスと日本のカレンダーを比べてみると、実は祝祭日の多いのは日本の方なのです。
  それに、春や秋の気候が良い時期に、短いながらも連休があるので、合理的です。なにも、真夏の暑い時期に高いお金を払ってどこかへ出かけることはないんじゃありませんか。

  一方、フランスでは、秋は陰うつな季節ですし、春はまだ寒いこともあって、結局、行楽すべからく夏に行うべし、ということになってしまいます。

 こんなことは、同胞のフランス人の前では言えませんが、私は、日本のようにバカンスを少しずつとるほうが、夏にまとめてとるよりも、健康にいい気がします。ひと月続けて休むのは、長旅をするのにはもってこいでしょう。でも、その後仕事に戻るのって、つらいこと! 
 3カ月おきに4〜6日ぐらい気晴らしをして、また元気よく仕事を始める、というのが私の理想です。

 それに、人口の多い日本でみんながいちどきにバカンスをとったら大混雑になりますから、いろいろな時期に分散して、各人がアラカルト式にバカンスをとったほうがいいんじゃないかしら。
 日本人の友だちは、よく私にこんなことを言います。「フランス人は、ひと月も休みがあってその間いったい何をして過ごすの。ぼくだったら、もてあましちゃうな」

 この点に関して、フランス人は別に困ったりしません。日本人がこんな質問をするのは、どうも日本で休みというと、「不足がちの睡眠をとりもどし、蓄積した疲労をいやすためにあり、遊ぶどころじゃない」という実情があるからかもしれません。
 でも、最初に書いた山に行く人たちをはじめ、いろいろなところで見かける光景から、「忙しいなかにも、なんとか時間をみつけてレジャーを楽しもうとする人がたくさんいるし、こうした傾向がゆっくりと、着実に広がっているんだな〜」と私は実感しています。




イラスト:石橋富士子(イラストレーター・横浜)
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