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 NO.290 2014.10.1  掲載

      


  筆者:アルメル・マンジュノ
さん

  フランス人(女性)・港北区日吉在住
  アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師


     日・仏 教育論争の違い
         

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載の“復刻版”


   掲載記事:昭和60年6月1日発行本誌No.28 号名「栴
(せんだん)」
   


 
日本の春は入学式のシーズンですね。私の住む日吉には大学や高校があるので、着物姿のお母さんや新しく沿線っ子になった初々しい学生さんをたくさん見かけました。そこで今回は教育についての雑感を書いてみたいと思います。

 どうせまた試験地獄か冷酷な競争の話を始めるのだろう、と思った人もいるんじゃないかしら。でもそのつもりはありません。だって、フランスの教育制度は、とやかく言えるほどゆとりのあるものじゃないんです。



      進級のキビシサは日本以上


  フランスでは、成績の悪い子は落第させられます。それもかなり頻繁にあることなので、同じクラスの生徒の年齢に2〜3歳の開きがあるほどです。こうした調子で進んでゆくので、出来ない子はどんどんはじき出され、すぐに実社会に出るための職業教育の方へ進路づけされます。彼等には、高等学校の課程を終えるチャンスはほとんどありません。高卒の資格を手にするのは、若者の60%程度です。それに比べると日本は95%ですからね……。

 私自身、学校の事というと、上の学年に上がるための果てしない競争しか思い出せません。大学に入ってからも、日本の学生さんのようにレジャーを楽しむなんていう訳にはいきませんでした。まず2年生になるためにガリ勉――さもないと1年目の終わりに追い出されてしまいます。そしてその後も学士の資格を取るまでガリ勉でした。働きはじめてやっとほっとしたくらいです。




      親が教育費を負担するなんて…


  
もう少しフランスのことを紹介すると、フランスでも今、教育論争は盛んですが、日本と違って、もっぱら論じられるのは、明日の社会を担う子供たちに何を教えたら良いのかどうか、さまざまな個性を持つ子供たちをどう授業に組み入れるべきかといった、教育内容にかかわるものがほとんどです。
 
20年来、改革に改革を重ねてきましたが、誰一人満足させることも出来なかったので、今では伝統的学校への回帰が見られます。

 日本では、教育内容よりもお金の問題を一般に耳にします。塾や予備校を含めて、幼稚園から大学まで、教育費の家計に占める割合の大きさには、ほんとにびっくりさせられます。おまけに、親が教育費を工面するために、あらゆる犠牲を払うのが当り前のことになってしまっていて、教育でひと儲けを企むビジネスマンまでいるんですね。

 フランスの親が、子供を学校へやるのにお金を払わなければならない、なんて聞いたら大変なショックを受けるでしょう。フランスでは、非宗教で無料の学校が長い歴史を持っています。少なくとも税金を払っているのだから教育は政府が金で面倒を見るべきだ、と考えているのです。 大学(すべて国立)に行くのさえ、2万円以下の登録料を毎年払うだけです。また、奨学金制度も充実しています。



    日本とフランスのお母さん


 
次にびっくりしたのは、学校が子供ばかりでなくその周囲の者、特に母親にそのエネルギーの供出を、とことん要求していることです。子供を育て、勉強させるのは、社会から母親に与えられた仕事のように、なぜみなされているのでしょうか。

 お弁当作り、子供が小さいときの送り迎え、クラスの懇談会……と、日本のお母さんは、一日中子供のために体をあけておかないといけないようですね。フランスのお母さんは大抵、外に仕事を持っているので、そんなことをする時間は到底みつけられそうにありません。

 それに加えて、子育て・教育係としての母親を励ます雑誌やテレビ番組の豊富なことには、全く圧倒されてしまいます。でも、私個人の感想では、こうしたプロパガンダは母親に、「私はまだ子供のために充分やってあげていないんじゃないかしら」という不安や罪悪感を与えているような気がします。

 


     先進国の親の比較は…

  
仏・英・伊・米・日の親を比べてみたアメリカ人の学者によると、どの国の親も自国の他の社会階層の親より他国の同じ社会階層の親の方に似ているのだそうですから、一口に日本の親は……なんて断言するのは避けたほうが良さそうです。でも、日本の親たちが子供を出来る限り学ばせようとする熱意は、この国全体が発散させているバイタリティーと無関係でないことは確かでしょう。そして、このバイタリティーが日本の経済的成功の原動力となっていることも衆知の事実です。 現在フランス政府は、それに強い印象を受け、労働者の教育レベルを日本のように高めようと躍起になっています。

 ところで、私の知り合いの国際結婚をしているカップルの大部分が子供の学校の選択でもめているのに気付きました。日本社会の中に自分の生きてゆく場を見付けやすいように日本の学校か、それとも、より自由なフランスの学校か、ときには激しいケンカになることもあるそうです。私はまだ子供がいなくて本当に良かった!(これはマケオシミ)

 私としては、どちらかと言うとアメリカの教育システムに惹かれています。なんだか現代社会に一番マッチしているように私には思えるのです。でもやはり欠点もあるんでしょう。
 ともかく、最終的にはシステムなんかにあまり期待しない方がいいんじゃないかしら。



イラスト:石橋富士子(イラストレーター・横浜)
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