編集:岩田忠利 / 編集支援:阿部匡宏 / ロゴ:配野美矢子
NO.287 2014.10.12  掲載 

        画像はクリックし拡大してご覧ください。


  筆者:アルメル・マンジュノ


  フランス人(女性)・港北区日吉在住
  アテネフランセ&NHKラジオのフランス語講師

 原稿は生粋のフランス人の彼女が原稿用紙に日本語でしたため毎号締切前に必ず編集室に届けたものです。


    時を楽しむ――高齢化社会へ向けて
         

  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載の“復刻版”


   掲載記事:昭和59年12月1日発行本誌No.25 号名「栗」
   


 
ちょっと早目の大掃除をしていると、どこへいったのかと思っていた陶芸アトリエのメンバーカードが、ひょっこり出てきました。見るともうすく期限切れ。
 さて、また一年更新しようかなあ……。でも我が家も行革中だし、暇がなくては行けないことが多いんだけど……。




   陶芸アトリエの熱気



 日本芸術に熱中していた友人に連れられて、代官山にある陶芸アトリエに初めて行ったのは6年前でした。不器用な私が、毎回粘土や顔料で汚れ、お尻が痛くなったり、フランス語には無い肩こり≠ノなったりしながらも続けてきたのは、創造の喜びのほかに、アトリエの熱気があり、また和気あいあいとした雰囲気が気に入ったからです。

 会員は、若者や子育ての終わった熟年婦人をはじめ、あらゆる年齢層にわたっていますが、特にお年寄りの人が生き生きしていることに、私はいつも驚かされています。


 私がまだ新入りの頃、なかなかうまくゆかずに苦労していると、ひとりのおじいちゃんがこう声を掛けてくれました。
「最初は難しいですよ。でもね、私のように定年になってみると、若いうちに何か趣味を始めておいて良かったと思うようになりますよ。今ではこれが私の趣味で、このおかげでいつも若くいられるような気かしているんですよ」

 その時はただなんとなく彼の言葉を聞いていただけでした。いくらなんでも、隠居の身になるのはまだまだ先のことですから……。しかし、ラジオやテレビで高齢化社会が話題になればなるほど、このおじいちゃんは何か大切なことを教えてくれたように思えてきました。




       衣食足りても“粗大ゴミ”


 
日本では他の国よりも、マスコミが人口構成の老齢化現象を、社会の弱体化を招く禍根ととらえる傾向が強いように思えます。また各個人は、そうなった時の物質的生活水準の低下を大いに心配しているようです。この分野での日本政府の対応をみれば、こうした傾向にもうなずけます。年金制度が一本化されていなかったり、定年と年金受給開始の間に空白の年月があるなんてこと、フランス人には全く信じられません。

 しかし、常に前面に出ている経済的問題が、もうひとつの重要な問題を覆い隠してしまっているのではないでしょうか。つまり、生活の質についての問題です。老後の自由な時間に、いったい何をすればいいのでしょう。日本人はアイスランド人を抜いて世界一長寿になったので、退職者というカテゴリーに入れられてから、少なくとも2025年も過ごさなければならないのです。

 社会が農耕段階の時には問題がありませんでした。現役生活からの引退はそれほど突然やって来るものではありませんでしたし、家の雑用などをする機会が多々あったものです。
 しかし、もうそんな時代ではありません。一般化することはできないかもしれませんが、特に男性は退職生活になかなか適応できず、家の中で檻に入れられたクマのようにブラブラして、奥さまを絶望させているようです。私はあの“粗大ゴミ”という表現は物悲しいと思います。



   フランスの伯父は老人大学へ


 
去年フランスに帰った時、伯父の一人と日本について話す機会がありました。彼が日本のことをいろいろ知っているのにびっくりして、いったいどこでそんな知識を得たのか尋ねると、伯父は、
 「今は退職の身だから、老人大学(もちろん国立大学でほとんど無料)に行くことにしたんだよ。今年の講義の中には日本のこともあってね……」
 と答えました。伯父は、アトリエのおじいちゃんと同じように、落ち着きと快活さを持っているように私には見えました。

 日本にはこうしたタイプの大学は無いとしても、至る所にカルチャーセンターと呼ばれるものが花盛りです。しばしば、巧みにカモフラージュされた営利活動だと非難されたり、何にでもカルチャー″を付けてハクを付けようとするやり方には苦笑させられることもありますが、今ではそれでもいいじゃないかと思っています。
 私自身そうした場所で教えてみて、そこがひとつの出会いの場になっていて、あらゆる年齢の参加者の間に親睦が生まれていることに気がつきました。また高齢の人は、中でも一番おもしろく、また勤勉な学生で、みんなから歓迎されています。

 陶芸教室、カルチャーセンター、あるいは『とうよこ沿線』編集室のような地域に根ざした活動……、本当のところ何でもいいのです。結局いちばん大切なのは、人生を最後まで生きる価値あるものにするということです。
 私としては、人口構成の老齢化は基本的にマイナスであるとは、確信をもって言えません。経済面だけをとらえれば、不都合なことが多いでしょう。しかし、各人の人生を眺めるとき、引退後の人生は最も情熱を持って生きるときだと思えます。もちろん、予め準備をしておけばという条件はありますが……。




      価値ある老後のために


 
私は、またアトリエの会員資格を更新することにしました。今年はなるべく時間をみつけて休まないようにすると同時に、何かほかのものに手を出してみようかと思っています。

 ちょっとナイーブな考え方かもしれませんが、若い時の日々が老いてからの日々を条件づけるのではないかという気がしています。特に長生きしたいとは思いませんが、いつか年寄りになるのですから、上手に年寄りになりたいと思います。

 さて、みなさんにとって新しい年に、何をなさいますか?

                イラスト:石橋富士子(イラストレーター・横浜)

 
「とうよこ沿線」TOPに戻る 次ページへ
「目次」に戻る