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編集:岩田忠利     NO.229 2014.9.17  掲載

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  元俳優・白馬のロッキー

  ――港北区新羽町・大谷信男さん宅ーー


  沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』。好評連載の“復刻版”


   掲載記事:平成2年1月20日発行本誌No.49 号名「梧(あおぎり)」
   文・写真:本田芳治
(菊名)
   


   ぼくは黒沢明監督の映画出演のため米国から輸入されたのだ


  大倉山駅からバスで行くと鶴見川の「亀甲橋」の近くに白馬がいるという。「こいつぁ、春から縁起がいいや」と、すっとんで行った。かれは馬小屋から、人なつっこい鼻面を出して「ヒヒーン」……。早速、自己紹介をしてもらった。



くらの血統は「アパルーサ」といってダッシュ力が特技。それで西部劇にもよく出演したよ

 1976年アメリカに生まれ、14歳の雄。人間様なら48歳の働き盛りで、なぜか日本では、ぼくの名を「ロッキー」と呼ぶ。ぼくの本職は元俳優。昭和60年に黒沢明監督の『乱』を撮影するとき、仲間42頭と一緒にアメリカから輸入されたのだ。

 先祖は西部劇によく出る、あのカウボーイ用の馬で「アパルーサ」という品種だ。特技は牛や羊を追いかけること。だから、いわゆる「ゼロ4、ダッシュ」は凄いんだ。長距離ではサラブレッドにはかなわないが、ダッシュはぼくらが速く、小回りが利く。そのうえ、頭脳明噺。牛を追い込む要領など教えられたら、すぐ覚えなくちゃあね。

 2年前、大谷家に来た頃は寂しくってね、でも主人が小屋の前で酒を飲みながら一晩中つき合ってくれたんだ。




  馬を飼うには様々な規制や手続き、運動・餌・汚物処理など手がかかる


 
大谷さんのご家族は4人。仕事はパートさん2人が働く婦人服上着の縫製工場の経営。子供の頃から動物好きだったが、馬にとりつかれたのは10年ほど前、藤沢乗馬クラブで馬に乗ってから。10人前後の動物を持つ仲間たちのグループに所属し、それが「なんとも言えない楽しみ」とか。

 昔は鶴見川の土手で乗馬ができたが、今は無理。日曜日には大抵、トラックにロッキーを乗せては大磯の仲間の所に行く。そこには柵をして、砂を敷いた300坪くらいの馬場があり、そこで思う存分走らせ、自分も乗馬を楽しむ。家にトラックがあるが、馬専用に改造してしまったので店の仕事はすべて宅配便を使うほどの凝りよう。

 馬を飼うには犬や猫にはない苦労もある。
 馬の証明手帳″というのがある。年2回、横浜家畜保健衛生所で伝染病の有無を調べるため血液検査をしたり、伝染病の予防注射も。また県外に出るには移動の為の馬の証明書″が必要だし、1カ月に1度は爪を切って蹄鉄を打ち替える。
 食糧がまた大変、農協から取り寄せた飼料を一日6キロも食べる。食べればポンと落ちるお土産は、オガクズと混ぜて袋に詰め、近所の畑に持って行く。

 そんなご苦労までして、と思うが、その魅力は「朝、私が雨戸を開けるとその気配を感じ、姿が見えなくとも『ヒヒーン』と鳴いてくれます。家族ではそうはいきませんからね」と大谷さん。

こうした馬との強い信頼関係を話す大谷さんの眼は、輝いていた。



主人とこれから車で平塚の金目川まで散歩に行くところです、ハイ! 横浜にはぼくらが思いッきり走れる場所がないんです



元俳優のぼく専用デラックスカー





 
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