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       編集:岩田忠利      NO.150 2014.8.07 掲載  

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歴史

    渋川

                                                 

   沿線住民参加のコミュニティー誌『とうよこ沿線』の好評連載“復刻版”


   掲載記事:昭和60年4月1日発行本誌No.27 号名「梓」
   執筆・撮影 :一色隆徳
(祐天寺・大学生)  絵:中島雅子(田園調布・大学生) 



 二ヶ領用水の流れを矢上川に排水するために造られた渋川。

 川崎市中原区の今井から元住吉駅の北を通り、矢上・木月までの約2キロメートルを流れる。




    二ヶ領用水と渋川



 今から374年前、川崎南部の灌漑を目的に、多摩川から用水が引かれた。
  稲毛・川崎二ケ領用水……宿河原から武蔵小杉を経て市内各地へ分水、流域の作高(収穫量)を飛躍的に高めたという。戦時中からの工業利用を含めて、川崎の発展への貢献は極めて大きかったといえよう。
  上流部では魚の棲む環境も残されているが、久地以下は今やドブ川同然である。

 古来、河川や用水には水害、即ち氾濫がつきものだが、土手の改修などと共に二ケ領用水の溢水対策として作られたのが渋川排水路である。かつては井田あたりから流れる小川だったのを、昭和30年前後に拡幅・掘削、二ケ領用水と直結させることによって矢上川への排水を可能にしたのである。

 現在、用水は寸断され、小杉あたりの水は生活排水の寄せ集めといえる。その汚水を一手に注ぎこまれるわけだから、排水路という名称もしっくりくるわけだ。
  要するに矢上川・鶴見川を通して東京湾に垂れ流しているのだ。



桜並木が続く(今井仲町)



多くに人々が往きかう(今井南町)



    桜のアーケード



 ニヶ領用水の、澱んで腐ったような水は排水門を抜けたとたん、つかえが外れたように勢いを取戻す。
 コンクリートで固められた両岸には、渋川の特徴でもある見事な桜並木が……。上流部は「今井ざくら」、下流部は「住吉ざくら」と呼ばれ、市議で町会長であった山崎博氏や同じく市議の小室文次郎氏(故人)が中心となり、町会ごとに植樹したものだという。手入れを怠らぬ地元の努力が実って桜は立派に育った。

 いつ、どこで見ても、川辺に咲く桜の美しさには感きわまるものがある。
 枝の下の水は、今井で一度ゆるやかにカーブする他はほとんど直線状に下ってゆく。桜の下には草花の種が蒔かれていたり、盆栽の鉢が置いてあったり、生活感が感じられ、ちょっといい風景かもしれない。



平成21年4月、元住吉駅近くの「住吉ざくら」
両岸にあった桜並木は今や片側だけに。
撮影:岩田忠利



    
むかし渋川


 
かつての渋川はどんな様子だったのだろうか。今井南の和田 正さん(69)は、
 「渋川は、あくまで排水路でしたから、その水を田圃に引くとか、何かに使うとかってことはなかったですね。2030年前までは魚なんかいくらでも捕れたくらいですから、今と比べると随分きれいだったんでしょうね。うちは代々農家でしたから、120年も前から昭和初期まで川に水車小屋を置いていました。川沿いには農家も多かったけど、40年頃までにはすっかりなくなっちゃいましたねえ」
 と語ってくれる。

 戦後の復興から高度成長期にかけてあたりの環境は大きく変わり、沿岸も住宅で埋まった。周りを眺めまわしながら川沿いを歩いてみても、ただ静かなだけで何の変化も感じられない。

 法政二高や住吉小を過ぎたころ、ようやく雰囲気が変わってくる。生徒や児童たちがいくつものグループをなして下校してゆくが、屈託なくはしゃぐ彼らに混じってトボトボ歩くのも、何か、場違いな感じで気恥ずかしいものだ。

 東横線を渡り、住吉ざくらの下を行く。両岸のあちらこちらで、生活排水が白い筋となって鈍い緑色の川面へと落ちている。
 綱島街道や元住吉の商店街との六差路では急に主婦の姿が目立つようになり、賑やかさを増している。



法政二高わき、通学の道






リヤカーの焼きイモ屋さんも・・・



      淋しい変化



 度重なる改修や下水工事の結果、これより下流の桜は大量に移植、または切られてしまった。本来、桜のあるべき場所が駐輪場になっていたり、高い防護柵にすり替わっていたりするのだ。

 数少ない桜さえ切り倒し、川を埋める計画もあると聞く。下水道や緑地化も結構だが、景観や歴史といったものは既に不要視されているのだろうか。

 新幹線をアンダークロス、しばらく行くと、ついに桜の姿も消える。いつしかあたりは煤けた町工場に囲まれ、水は静かに矢上川へ流れ込む。



河口。後方が渋川、手前は矢上川

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